第35話 鐘楼の攻防(前編)
崩れた鐘楼へと向かう道すがら、陽太が唐突に切り出した。
目をキラキラさせながら渡に話しかける。
「渡さんとレオさんは、けっこうミッションをクリアされてるんですか? お二人とも強そうです」
渡が剣の柄に手をかけたまま、軽く笑って応じる。
「そう言ってもらえると嬉しいな」
レオは無言のまま槍を担ぎ直しただけだった。
口数は少ないが、その分だけ視線が周囲に鋭く配られているのがわかる。
「経験者だからか、なんだかレオさんは雰囲気が違いますね?」
渡の気さくな対応に安心したのか、エマも会話に加わった。
その言葉を聞いた渡が何か思いついたように「ああ」と溢し、レオを指差した。
「そりゃそうだ。レオは違う世界から来た異世界人だからな、俺たち地球人とは違うだろ」
渡の何気なく放たれた言葉に、一瞬この場が静寂に包まれる。
エマと陽太は揃って口を大きく開けたまま、レオを穴が開くほど見つめる。
玲は興味がないのか、それとも知っている事柄だったのか、あまり関心がない様子だ。
俺は、知っている事実だった。
どういう訳かこのデスゲームに参加しているプレイヤーの中には、俺たちの世界だけでなく、異なる世界の住民たちもいた。
どういう原理が働いているのか、また、この世界の運営の目的も分からないまま、いろんな多重世界の住民たちがここに集まっている。
(たまたま黄昏都市ではそれっぽい住民は見かけなかったが、おそらく黄昏都市より上の都市には、異世界人がごろごろいるはずだ)
web小説の中でもとくに人気のあったプレイヤーたちを思い浮かべていると、陽太の興奮した声が聞こえてきた。
「え、えーーーっ!? あの、異世界人って、ど、どういうことですか?」
あまりの衝撃だったのか吃りながら目を白黒させている。
その隣でエマも目を丸くして驚きで声が出ないようだ。
そんな二人の反応に笑いながら、渡はレオの首に手をかけて明るく言った。
「な? 最初にこいつから話きいたとき、俺も同じ反応だったよ。異世界人ってびっくりだよな!」
まるで冗談を言うかのように話した後、その声のトーンが落ちる。
「こんな訳のわかんねえゲームに参加させられたと思ったら、異世界人も現実にいます、ってなあ……ほんと意味わかんねえよな」
渡の顔は笑っていたが、その声はどこかやるせなさを帯びていた。
その様子にエマも陽太もハッとした表情をして、目線が落ちる。
「そう、ですね……目が覚めたらいきなりこんなところにいて、訳が分からないです……」
陽太が暗い表情で喋ると、それに頷くようにエマも「私も……気づいたら、ここにいました」と語った。
誰も何も喋らない沈黙の時間が流れたが、レオに小突かれた渡が気を取り直すように、落ち込んだ様子の二人に話しかける。
「ま、まあ今はやれることやるしかないからな! ミッションクリアして、とりあえず生き残るしかないぜ」
若干引き攣った笑顔を作りながらの励ましにエマと陽太も微かに笑顔を見せて頷いた。
(俺自身もそうだが、皆いつの間にかこの世界へ知らぬまに連れてこられてる)
いきなり元の世界から切り離された悲しみ、理不尽に命懸けのゲームに参加させられている怒り、渡の言葉はプレイヤー誰もが感じる痛みだった。
感傷を振り切るように首を横に振って、俺は前方に視線を移して固い声で告げた。
「お喋りの時間はお終いだ。全員気を引き締めろ」
瞬間、その場の全員に緊張が走るのを感じた。
「鐘楼が見えてきたぞ」
そうしているうちに、視界の先に鐘楼が見えてくる。
石造りの塔は所々崩れ落ち、瓦礫が周囲に扇状に散らばっていた。
天辺にその原型を半分以上崩した鐘があり、その静けさが逆に不気味で、一帯の空気が冷やりと寒気がするほど重かった。
玲が足を止め、周囲を見回す。
「――来ます」
低い声とともに、散らばる瓦礫のあちこちからパキッ、バキっ、バキィッと異音が一斉に鳴り始め、その陰から白い人影が一斉に吹き出してきた。
一体、二体では済まない。
視界を埋め尽くすほどの幽霊が、崩れた鐘楼を守るようにしてこちらへ向かってくる。
「押し返すぞ!」
渡が真っ先に前へ出て剣を構え、レオがその隣に並んで槍を突き出した。
二人の連携は、これまでいくつも互いに協力して戦ってきたのだろうと伺えるほど噛み合っている。
それぞれが武器を振るいながら迫る敵を迎え撃った。
俺も鉄パイプを野球バットのように振るいながら、目の前の幽霊を霧散させる。
だが、それも一瞬だった。
消えた場所からまた別の影が湧き上がり、数は一向に減る様子がない。
「透真さん! きりがないです……!」
陽太の声に焦りが滲む。
前衛の渡とレオも、じわじわと押され始めていた。
数の圧力が、二人の足元を少しずつ後退させていく。
その時、一体の幽霊が横合いから陽太に迫った。
「陽太っ!」
俺は考えるより先に叫んでいた。
陽太が身をよじって矢を放つより早く、玲が割り込んで一閃する。
白い影が消え去り、陽太は尻餅をついたまま呆然と玲を見上げた。




