第32話 二枚目の地図(後編)
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瓦礫の隙間を抜けた先は、思っていたより広い空間だった。
エマは息を殺してゆっくりと視線を周囲に巡らせる。
建物の中は薄暗く、ひび割れた壁から差し込む光の筋が、空気中の埃を白く照らしている。
風が建物の隙間を吹き抜ける音が響いて、乾いたコンクリートの匂いが混ざり合っていた。
(良かった、中は思ったより酷い状況じゃないみたい……一階に幽霊の姿も見えないわ)
エマは息を殺し、壁伝いに奥へと進んだ。
足音を立てないよう、瓦礫を避けながら一歩ずつ移動する。
二階へ上がる階段は半分崩れていたが、上れないほどではない。
手すりに体重をかけながら、音を立てないように、慎重に上がっていく。
(大丈夫、慎重に、絶対音をたてないように。落ち着いて、大丈夫)
自分に言い聞かせるように大丈夫とくり返しながら、逸る気持ちを抑えて先へ進んでいく。
上の階の踊り場で、白い影が滲むように揺れていた。
エマは咄嗟に柱の陰へ身を寄せる。
心臓が、バクバクと耳の奥で鳴っていた。
影はゆっくりと廊下を漂い、やがて別の部屋へと溶けるように消えていった。
止めていた息を、静かに吐く。
(――大丈夫。まだ、気づかれてない。)
自分にそう言い聞かせて、エマは再び歩き出した。
目指す部屋は、廊下の一番奥にあった。
扉はなく、ただ暗い入り口が口を開けている。
中をそっと覗き込むと、窓から注ぎ込む光に照らされて中の様子が見えた。
幸い幽霊の影は見えない。
所々に積み重なった瓦礫と向かいの建物から見えたとおり、部屋の中央、瓦礫の隙間に淡い光が微かに見えた。
(あった! 間違いない、宝だわ)
エマは音を立てないよう、部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中央へ近づき、瓦礫をそっとどけるとその下に小さな石片を見つけた。
屈んで拾い上げると、掌に収まる石片が淡く発光していて、軽く握ると現れたのは古びた地図だった。
――やった! これで透真さんも喜んでくれる。
込み上げる高揚を抑えながら、地図をしっかりと握りしめる。
その瞬間、肌がぞわりと粟立ち、部屋の空気が変わったのを感じた。
急に周りの温度が低くなったと思ったらパキッとひび割れるような音が聞こえる。
振り返る間もなく、真正面の壁から白い影が滲むように現れ始めた。
エマは息を呑んだ。
正面の壁から現れた幽霊は、瞬いた瞬間にはこちらへ向かって灰色の手を伸ばしてくる。
エマはとっさに横へ跳んだ。
指先が空を切る音が耳のすぐそばをかすめ、触れてはいないものの冷やりとした冷気を感じた。
転がるように瓦礫の陰へ逃れ、振り返る間もなく幽霊の影が迫ってくる。
腕を掲げて庇うと、冷たい感触が肌の表面を軽く撫でていき、次いでじりっとした熱感を感じた。
悲鳴を上げそうになるのを、唇をぐっと噛んで堪える。
(ダメ! 今、声を出したらもっと集まる!)
その一心で、エマは体を低くしたまま部屋の隅へと這うように逃げた。
背後で瓦礫が崩れる音。
白い影が、腕を広げて包囲するように距離を詰めてくる。
逃げ場が、ない。
握りしめていた地図を胸に抱え、エマはもう片方の手で懐を探った。
震える指先が、さらっとした質感の札に触れる。
同時に透真の顔が脳裏に浮かび、その声が脳内で再生された。
――危険なときは札を破るんだ。
指先が震えてうまく引っかからずもたつく。
焦る心を抑えて夢中で奥まで手を伸ばして、ようやく掴んだ札を懐から取り出した。
破れと言われた紙を、力任せに引き裂く。
瞬間、紙面から光が溢れ出した。
まばゆい光が部屋いっぱいに広がり、目の前に迫っていた幽霊が悲鳴のように歪みながら霧散していった。
静寂が戻る。
エマはその場にへたり込み、荒い息を繰り返した。
心臓が全力疾走したときのようにドクドクと脈打っていた。
手の中には、地図と、燃え尽きたように白く灰化した札の残骸。
「助かった……」
実感が遅れてやってきて、目の奥が熱くなりじわりと涙が滲んだ。
それでも今は泣いている場合じゃない、エマは震える足に力を込めて立ち上がった。
リストバンドの数字は『1』、二枚目の地図は手に入れた。
残る宝は一つ、このゲームのクリアに必要な特別な宝だけだ。
ふうっと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
早く入り口で待つ三人のところへ、戻らなければならない。




