第27話 交渉(前編)
逃げた蝿のタトゥーの男の後を追って、俺たちは走っていた。
ミッションクリアに必要な、特別な宝の在り処を示す地図の一枚。
あの男が持っているというその地図を手に入れない限り、この先の探索は手探りのまま進むことになる。
どんどん敵が増え続けているこの状況を考えると、ここで男を見つけなければ後が厳しくなるのは間違いなかった。
「――で、死んだプレイヤーのポイントは、運営が回収するんです」
走りながら、玲がミッション内で死亡したプレイヤーの扱いについて淡々と説明した。
そもそもなぜ蝿のタトゥーの男は俺たちを罠にはめたのか、というエマと陽太の疑問を拾ったからだ。
「けれどプレイヤーが持っていたアイテムは、誰でも拾える状態でその場に残ります」
エマが驚きに目を見張り、陽太が眉を寄せて苦々しく呟いた。
「じゃあ、俺たちを殺してエマさんの持っているスクロールを奪うために……」
「ミッション内でプレイヤーが同じプレイヤーに殺害されるというのは、珍しい話ではありません」
玲の短い返答は感情の色がない分、だからこそ言葉通りにすんなりと頭に染み込んできた。
俺はその横で黙って聞いていた。
知っていたはずのルールだ、物語の中で、似たような描写は何度もあったのだから。
だが今、玲の口から改めて言われると、人間同士が殺し合うという輪郭がはっきりした気がして、背筋に寒いものがはしる。
エマが足を止める。
「それって、つまり……」
「その男を見つけて殺せば、地図を回収できるってこと、ですよね……」
陽太が躊躇うように、途切れ途切れに代わりに言葉にした。
沈黙が落ちる。
「殺すくらいなら」
エマがぽつりと言う。
「スクロールと交換した方が、まだいい」
誰も答えなかった。
答えの出ない問いを抱えたまま、俺たちは廃墟の奥へ進んだ。
蝿のタトゥーの男を見つけたのは、崩れかけた石造りの建物の陰だった。
壁にもたれ、片目を押さえるようにして座り込んでいる。
近づくと、男は億劫そうに顔を上げた。
「……早いな、追いかけてきたのか」
よほど消耗しているのか、その顔は疲れ切っていて、俺たちを見た後かすれた声で呟いた。
「さっきは世話になったな。まさか幽霊に囲まれて歓迎されるとは思ってなかったよ、よく考えたもんだ」
俺が言うと、男は喉の奥で笑った。
「そのまま死んどきゃよかったものを、そこの男に邪魔されなきゃ、うまくいってたんだがな」
玲を見る目に、明らかな苛立ちと、同時に怯えの色があった。
「地図を渡してもらう」
俺が用件を告げると、男は「ハッ」と嘲りながらゆっくり立ち上がりこちらを睨めつけた。
「気が変わったのか? なら当初の提案どおり、スクロールと交換といこうじゃないか」
当然、そう言うだろうとは予想していたが、ニヤリと笑いながら手を差し出してくるその姿に舌打ちが洩れる。
男と睨み合っている横を、スッと通ってエマが前に出た。
スクロールを手に持ったまま、男を真っ直ぐに見て告げる。
「交換します。だから地図を渡してください」
その言葉に思わず「エマ!」と名前を呼ぶと、こちらを振り返ったエマが笑った。
「私、やっぱり誰かを殺して奪うなんて、できません。ごめんなさい、透真さん」
迷いのない言葉だった。
その笑顔を見て、そういえば物語のヒロインはこんな女性だったな、と俺はふいに思い出していた。
真っ直ぐで、優しくて、素直で、この世界の誰よりも命の価値を大切にしていた。
「……お前が見つけた宝なんだ、好きなようにすればいい」
苦笑しながらそう返すと、エマは嬉しそうに「はい」と頷いた。




