第26話 状況整理(後編)
小説の中で蝿のタトゥーの男に唆された鴉城透真は、ミッションの中でエマたちを危機に陥れていたがその企みは失敗していた。
あの男はクリアに必要な宝は気にかけていなかったが、スクロールには執着している。
確かあの男の所属する組織からスクロールを回収するよう命じられていて、失敗すれば罰を受けることを恐れていたはずだ。
(蝿のタトゥーを特徴とする組織か……厄介だな)
黙り込む俺たちを気にすることなく、玲は淡々と話を続ける。
「宝に見せかけて、偽物のアイテムを仕掛けたんでしょう。実際あの手の大音量を発するアイテムは、誰でも購入することができます。彼らが仕掛けた囮に触れさせて、幽霊の群れに囲ませて殺害する、よくある手口です」
陽太の顔が強張り「……俺のせいで」と言いかけた所で「お前のせいじゃない」と俺は反射的に言っていた。
「宝だと思って手を伸ばすのは、このミッションじゃ普通のことだ。仕掛けた側が悪い」
陽太は何か言いかけて、結局小さく「……はい、すみません」とだけ返した。
玲は、その様子を一度見てから、また話を戻した。
「私は三人が幽霊を誘導しているところに割って入り、強い光を出すアイテムを使いました」
短く、感情の乗らない声だった。
「音より範囲は狭いですが、その分効果は強い。敵が一斉に三人のほうへ向かい彼等を襲いました」
俺は、その先を聞くのが少し怖かった。
「二人は死にましたが、蝿のタトゥーの男には逃げられました」
玲は、それだけ言った。
飾らない言い方だった。
同情も、後悔も、そこには乗っていなかった。
エマは思わず漏れた悲鳴を喉に詰まらせ、小さく口元を押さえる。
陽太は呆然として、玲を見ていた。
俺も何と返せばいいのか、分からなかった。
玲がこういう人物だと知ってはいたが、化け物を殺すのと人間を殺すのではやはり意味合いが違う。
死んだ、という事実だけが、変に軽い言葉で目の前に置かれた気がした。
「ミッション内でプレイヤーがプレイヤーを襲うこと自体はよく聞く話ですが、なにか狙われる心当たりでも?」
玲はそれが聞きたかったのだろう。
俺たちが罠にかけられたことも、自分が間接的にプレイヤーを死亡させたことも、事前に話したのはこのためだったのかもしれない。
俺は一瞬躊躇して、大きく息をついた。
「蝿のタトゥーの男とは昨日会った。奴はエマの見つけたスクロールを欲しがってた、特別な宝の地図と交換しようと言われたが断ったんだ」
なるべく簡潔に昨日の出来事を説明する。
エマはスクロールが入っているのだろう懐をぎゅっと握りしめて、陽太は驚いた顔で俺とエマの顔を交互に見ていた。
「特別な宝の地図、ですか……」
玲は考えこむようにあごに手を当てる。
「ああ」
俺は短く答えながら、そんな玲の横顔を見た。
「その男の話が本当なら、急いで男を探して地図とやらを手に入れなければいけませんね」
やがて短い沈黙の後に、玲がそう言った。
その言葉にエマと陽太が揃って驚いた声を出した。
「ど、どうしてですか? そいつが嘘をついてる可能性もあるじゃないですか……」
若干声を震わせながら、陽太が玲に向かって質問する。
「嘘か本当かは置いといて、現状ミッションクリアに必要な特別な宝の手がかりが、それしかないからだ」
玲が答える前に、俺が陽太の疑問に答えた。
玲が俺をまっすぐに見つめる。
「今の宝の数は『8』だ、……これ以上敵が増え続けると、このままじゃ俺たちは明日まで持たない」
リストバンドの数を皆に示しながら、俺は沈痛な面持ちでそう答えた。
ーーーーーーーーー
はあ、はあ、と息を切らせながら、左頬に蝿のタトゥーを持つ男は走っていた。
(な、なんだあの野郎……! 急に出てきたと思ったら躊躇なく仕掛けてきやがった!)
計画は途中まで順調だった。
上からスクロール回収の命令が下って、事前に情報屋からミッションの情報を買った。
大まかな宝のありかは把握していたのに、最初に計画が狂ったのは肝心のスクロールを手に入れ損ねたことだ。
地図は手に入れたが、スクロールの位置が情報と食い違っていた。
探している間にそれは別のプレイヤーにそれぞれ奪われ、交渉も失敗した。
だが今回の目的がスクロールである以上、ここで引くわけにもいかない。
初心者プレイヤー二人を唆して仲間に引き入れ、見通しのいい場所に偽装したアイテムを仕込んで、うまいこと奴らと幽霊を誘導した。
罠にかかってアイテムが発動して、奴らに向かって幽霊どもが集まっていくのが見えた。
このまま奴らが死ぬのをゆっくり見ていればいい、その後でスクロールを回収すれば完璧だ、すべて順調だった。
幽霊に囲まれて焦る奴らの姿を見ながら笑っていたら。
「まったく、雑魚の考えることはくだらないな」
この場にそぐわない、感情の感じられない低い声が聞こえた。
慌てて声の聞こえたほうへ振り返ると、一人の男がいつの間にか立っている。
まったく気配を感じなかった。
怜悧な顔に浮かぶ冷たい表情と底の知れない赤い瞳が無感情にこちらを見ている。
「鬱陶しい蝿に近くを嗅ぎ回られるのも、邪魔されるのも目障りだ。ここで退場しろ」
訳の分からないことを言ったかと思ったら、男は手にしたアイテムをこちらに投げつけてきた。
瞬間、目の前に飛んできたそのアイテムが眩しく発光した。
「うわああああああああ!」
「目、目がぁ! なにも見えない……!」
「ひっ、たす、助けてくれえええええええ!」
光に目が焼かれて視力を失う。
なにも状況が分からないまま、二人の仲間から叫び声が聞こえた。
呻き声、叫び声、悲鳴。
絶え間なく続く苦痛の声と、周囲に溢れる得体の知れない気配。
(まさか、囲まれている……!?)
理解した瞬間、懐から今回の宝で得た札を取り出して、思いっきり破く。
勢いのまま、その場を駆け出した。
目はぼやけて見えないままだが、この場にいたら命がないことだけは、はっきり分かった。
背後で悲鳴が続く中を、男は無我夢中で走り続けた。
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