第25話 状況整理(前編)
風が収まったあとも、しばらくは耳の奥で音が鳴っていた。
「危ないところでしたね」
玲の声はさっきの騒ぎが嘘だったみたいに静かで、俺は何か言おうとして、でも喉の奥が勝手に震えて結局何も言えなかった。
このミッションに、玲は本当に参加していた。
物語の通りにエマだけじゃなく、玲もこの廃墟の街のどこかにいた。
分かっていたはずなのに、実際にこの目で見るまではどこかで信じきれていなかったのか、安堵が遅れて胸に落ちてくる。
(さっきの暴風は、まさかスクロールの力を使ったのか……?)
エマが見つけた青いスクロールと同様に、このミッションにはもう一つ、緑のスクロールも隠されていたはず。
小説の内容通りにエマと玲が、それぞれに手に入れたんだ。
スクロールはミッションの中でしか入手できない、貴重なアイテムだ。
その威力は凄まじく、先程のように絶体絶命の状況の中でも、起死回生できる程の効果を持っている。
(実際にこの目でスクロールの力を見るのは初めてだが、あれ程の威力なら皆が欲しがるのも分かる気がする)
玲が現れた状況にあれこれ考え込んでいると、先に動いたのはエマだった。
「凍黒さん……!」
駆け寄って、それから少し照れたように立ち止まる。
「お久しぶりです。よかった、生きてて……って、変ですね。凍黒さんが無事かどうかなんて、聞くまでもなかったのに」
「あなたたちの方が心配でしたよ」
玲は短くそう返して俺の方に目を向けて、ほんの一瞬だけ、その視線が長く止まった気がした。
「あの、透真さん」
陽太が、俺の袖を軽く引いてくる。
「この人……知り合いですか? なんか、雰囲気が……」
言葉を選びかねているのが分かった。
たぶん「怖い」と言いかけて、直前で飲み込んだのだろう。
「前のミッションで世話になった男だ」
俺はそれだけ答える。
短すぎる説明だが、でも今はそれ以上を、うまく言葉にできそうになかった。
陽太は「そうなんですね……」と言いながら、玲から半歩、距離を取る。
敵意というより、得体の知れないものへの本能的な警戒に見えた。
「陽太くん、大丈夫ですよ。凍黒さんは噛みつきませんから」
エマがからかうように言うと、陽太は「べ、別に、ビビってないですけど」と慌てた様子で早口に答える。
その空気に、少しだけ肩の力が抜けた。
俺は改めて、玲を見る。
「――なんで、ここに?」
我ながら素っ気ない聞き方だと思うが、玲は一瞬だけ俺を見て、ふいと顔を逸らしながら答えた。
「こういう宝探し系のミッションは、思わぬアイテムが出ることが多いので。参加するプレイヤーは、案外多いんですよ」
嘘ではないんだろう。
でも、それが全部でもないんだろうということも、なんとなく分かった。
聞き返すべきかどうか迷っているうちに、玲はもう俺たちの周りに視線を巡らせていた。
「幽霊の数、今は散らばっていますが奴らはまた再生して戻ってきます」
その一言で、空気が切り替わった。
白い影の姿はもう周囲に見えなかったが、風に飛ばされて霧のように消えたそれを、俺は警戒するようにまわりを見渡す。
「あまり長居すると、人の気配にまた集まってくるかもしれません。今のうちに、状況を整理しておきましょうか」
口調にはさっきまでの淡々とした余裕とは少し違う、切り替えるような冷たさがあった。
エマが頷いて、リストバンドに目を落とす。
「宝の残数、かなり減ってますね……昨日の夜より」
「宝を見つけるたびに敵が増えるってルールを考えると、当然っちゃ当然ですよね」
陽太がぼそりと呟いた。
「それにしても、多すぎませんでしたか、さっきの数」
エマの言葉に、俺は頷いた。
明らかに異常と思えるくらいに、まるで俺たちを狙っているかのように集まってきた。
あの量は、ただ探索を進めていて自然に湧いた数じゃない。
「あれは、貴方達を狙って仕組まれたものです」
玲の確信めいた言葉に、やはりと予想していた事態に俺は胸の中で頷いた。
「仕組まれた……って」
陽太が聞き返す。
「俺たちを狙って、誰かが罠を張ったってことだろ」
俺の言葉に、玲は俺の方を見ると微かに頷く。
「はい。それと、少し話しておきたいことがあります」
その言い方に、俺は嫌な予感がした。
「貴方達のところに向かう前に、私は他のプレイヤー三人組と接触しました」
玲はそのまま、表情を変えることなく淡々と続けた。
「一人は左頬に蝿のタトゥーのあるプレイヤー、その男が残り二人のプレイヤーに指示を出して、三人がかりで幽霊をこの周辺に誘導していました」
「そんな……」
エマが息を呑む音がした。
「あの、大きな音がした宝も、その人たちが……?」
信じられないというような顔で言葉を詰まらせる。
あの蝿のタトゥーの男は、小説の中で執拗にエマのスクロールを狙っていた。
小説の中で唆されていたのは他でもない、俺自身――鴉城透真だ。




