第24話 罠(後編)
俺はその少し後ろを歩きながら、油断なく周囲に目を配っていた。
――おかしい。
視線、というほどはっきりしたものではない。
だが、誰かに歩調を合わせられているような、そんな居心地の悪さが背中に張り付いている。
それに、すでにリストバンドが示す宝は残り『16』。
ゲーム開始から発見された宝は十四個――それはつまり、十四体の敵が今この廃墟のどこかにいるということだ。
だというのに、振り返っても崩れた建物の影と瓦礫があるだけ。
白い影はひとつも見あたらなかった。
何かが起きているのは確かだが、ただそれがはっきりしない。
(小説の中でエマが危機に陥る状況はいくつかあったが、これもその前触れか?)
はっきり掴めない焦燥を抱えたまま、俺は前を歩く背中を見つめた。
路地を抜けた先、見通しのいい大通りに出る。
所々道が崩れていて避けて通るにも大変そうだ。
身を隠す場所のないその通りに危機感を感じた一瞬、小説の中の展開に似たような場面があったと既視感が過ぎる。
足を止めた俺に気づいたエマがこちらを振り返り、陽太はエマより先に何かに気づき「あ」と短い声をあげた。
その視線の先、瓦礫の隙間に、何かが鈍く光っていた。
硬質な、小さな欠片のようなもの。
これまで見つけてきた宝と、よく似た輝き方をしている。
「宝だ」
弾んだ声を出した陽太が、その欠片に迷いなく手を伸ばす。
「待て……!」
俺の声が出るのと、陽太の指先がそれに触れるのは、ほぼ同時だった。
乾いた金属音の、耳鳴りがするほどの大音量があたり一帯に響き渡った。
陽太が弾かれたように手を離し、後ずさる。
「な、なんですか、これ……!」
「罠だ」
言いながら、俺はすでに周囲に視線を走らせていた。
嫌な予感が、確信に変わっていく。
案の定、音の反響が収まりきらないうちに、通りの向こうから白い輪郭がゆらりと現れた。
一体、二体と、白い影が増えるにつれて、ひび割れのような音が周囲に広がっていく。
崩れた建物の窓から、瓦礫の隙間から、まるで音に呼び寄せられるように、次々と白い影は増え続けていた。
これまで遭遇した数とは明らかに桁が違う。
「透真さん! 囲まれます……!」
エマの声が緊張で強張っていた。
三人で背中合わせになり、迫る幽霊の群れに向き直る。
この数を捌ききるには、圧倒的に足りなかった。
――誰かが、この状況を狙って俺たちを罠に嵌めたんだ。
今朝から纏わりついていた気配、周囲の違和感、今の今まで遭遇しなかった敵。
そして今、絶妙なタイミングで俺たちの行く先、目の前に転がっていた「宝」。
偶然であるはずがない。
「くそ……ッ!」
舌打ちと同時に、最初の一体が間合いに入ってくる。
俺は手にした鉄パイプを構えながら、近づいてくる白い影を手当たり次第に振り払う。影は当たれば霧散するが、それでも敵の包囲網がじわじわと狭まり、焼けつくような焦りを覚えていた。
エマは武器を持っていないため、俺と陽太で背に庇いながら近づく白い影の群れをを追い払う。
それでも、敵は減るどころかどんどん増え続けていくように見えた。
三人の距離が、じりじりと押し縮められていく。
息が上がり、視界の端が、じわりと熱くなる。
――このままじゃ、まずい。
俺は懐に手を伸ばして、昨日発見した宝から得た札に触れた。
その時だった。
一陣の風が頬を叩いた、と感じた次の瞬間。
大気が爆発したかと思うような激しさで空気が震え、体を這うような風が猛烈な渦へと変貌する。
目に見えるほどの濃密な風が激しく巻き起こり、やがて全方位へと牙を剥いた。
荒れ狂う風の刃が幾重にも重なり合い、暴風雨の如く吹き荒れ、押し寄せていた敵の群れを正面から吹き飛ばしていく。
(……これは、まさか)
腕で顔を庇いながら俺はまわりに目を走らせた。
突風は激しい勢いで周囲の瓦礫と敵を呑み込んでいるが、なぜか俺たちを巻き込まずに吹き荒れている。
悲鳴のような、それでいて音にならない何かが空気を震わせて散っていき、やがて荒れ狂った風が嘘のようにピタリとおさまった。
あとに残されたのは俺とエマと陽太の三人だけで、あれほど集まっていた白い影はどこにも見えなくなっていた。
静寂が、一瞬だけ戻る。
「……どう、なったんですか?」
恐る恐るといった様子で周りを見渡す陽太と「透真さん、これはいったい……」と戸惑いながらエマが問いかけてくる。
俺はこちらへ近づいてくる姿を、信じられない思いで呆然と見つめた。
――う、そ、だろ。
言葉にならない。
喉の奥が、勝手に震える。
「危ないところでしたね」
相変わらずの感情の読めない、低い声がそう言った。
凍黒玲が、そこに立っていた。




