第23話 罠(前編)
ゲーム開始から、エマや陽太と合流するまで数時間が経過していた。
真上にあった太陽も今は西へ傾き、あたりを夕暮れが照らしている。
「自己紹介はそのくらいにしろ、暗くなる前に移動するぞ」
廃墟を彷徨う白い影が増えつつある中で、夜に動くのは危険だ。
完全に日が落ちる前に、落ち着ける場所を見つけなければならない。
俺は二人に声をかけ移動を開始した。
「透真さん、あそこ」
エマが指差した先、崩れかけた通りの向こうに、看板の文字が半分剥がれ落ちたホテルらしき建物が見えた。
――『◯◯◯テル』
元の名前はもう読み取れない。
だが屋根と壁がまだ立っている、というだけでこの廃墟と化した街ではマシだった。
俺たちは顔を見合わせ、無言のまま頷き合う。
今日はもう、ここで休むしかない。
エントランスのガラスはほとんど割れていて、踏み込むたびに靴の下で細かい破片が鳴った。
ロビーには倒れたシャンデリアと、朽ちたソファが横たわっている。
一階の奥、比較的原型を保った小部屋を見つけて、そこを今夜の拠点にすることにした。
窓はないが、その分入り口を絞れるし、外から見えにくいというのも都合がいい。
腰を下ろすと、緊張に張り詰めていた体から力が抜けていくのが分かった。
エマがそっと息を吐く音が聞こえる。
陽太はまだ気を張っているのか、扉の方に視線を向けたままだった。
「ずっと移動してたからな。食事にしよう」
俺が言うと、二人の視線がこちらに向いた。
宝から出た食料は、俺とエマが見つけた分だけだった。
水と缶パン、栄養バーが数本、チョコやクッキーといったお菓子が目の前に並ぶ。
陽太が食料を見つけられなかったことに落ち込むが、有無を言わさず皆で均等に分ける。
「俺、何も持ってなくて……すみません」
「まだ言ってるのか。いい加減落ち込むのをやめて今後のことに頭を向けろ」
パンを口に放り込みながら呆れたように言うと、陽太は「……はい」と頷きながらクッキーを齧りはじめた。
そのやり取りを見守っていたエマがふふと笑う。
等分すると一人分はお世辞にも十分とは言えない量になったが、それでも今日一日歩き通した体には染み渡るようだった。
食事を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
リストバンドに視線を落とすと、数字は『17』、変わらず減り続けていて、いつどこから敵が湧いてもおかしくない状況に眉を顰める。
三人で顔を寄せ、今夜の見張りの順番を決めることにした。
「俺が先に見張る。二人は休んでくれ」
「透真さんばっかりずるいですよ。俺、まだ全然元気なんでやれます!」
「俺はまだ眠くないから遠慮する」
「私だってまだ全然起きてられますよ」
軽口を叩きながらも、結局は俺が最初、次に陽太、最後にエマという順番に落ち着いた。
三人で回せば、誰か一人に負担が偏ることもない。
それぞれの持ち時間を大まかに決めて、エマと陽太が腕を枕に体を横たえ、目を閉じるのが見えた。
俺は入り口近くに座り、暗闇に耳を澄ませる。
建物の軋む音、遠くで何かが崩れる音。
その合間に、二人の寝息が微かに聞こえてくる。
それだけのことが、今はひどく貴重に思えた。
交代の時間が来るたび、無言で肩を叩き、場所を入れ替わる。
そうして、長い夜がゆっくりと明けていった。
窓のない部屋にも、扉の隙間から外の光が薄く差し込み始める。
朝が来たことを、俺たちはそれぞれの体で感じ取った。
翌朝、二人の顔にはまだ拭いきれない疲労の色が残っていた。
それでも、リストバンドの数字が昨夜のうちにまた一つ減っていて、俺たちも動き始めなければならない。
ホテルを出て、崩れた通りを進む。
陽太とエマは、昨日よりも自然に言葉を交わすようになっていた。
「宝には武器もあるなんてすごいのね。私もスクロールが出たけど使い方が分からなくて」
「スクロール? ってなんですか?」
「使い方次第ではお助けアイテムになる、らしいですよ」
陽太の問いにエマが冗談めかして答えると、陽太は目を丸くして驚いた。
軽いやり取りにまざる呑気な声が、張り詰めた空気を少しだけ緩めていた。




