第20話 宝探し(後編)
視界が白く染まり、次に開けたときには、俺は瓦礫だらけの通りに立っていた。
崩れた建物がいくつも並び、ビルの壁面にはツタがびっしりと絡みついていて、アスファルトのひび割れから雑草が伸び放題になっている。
割れた窓、蔦に絡め取られた看板。
カビ臭い湿った空気にコンクリートが焦げたような、埃っぽい匂いがした。
かつては人が暮らしていたはずの街が、時間だけを置き去りにしたまま静止している。
左手首を見ると、細いリストバンドが巻かれ、そこに『30』という数字が緑色に光っていた。
たしか小説の中では、このリストバンドがミッション内の宝の総数だったはずだ。
つまりこの廃墟内には三十個の宝が隠されており、その中の特別な宝を見つければミッションクリアだ。
周囲を確認すると、陽太の姿はどこにも見当たらない。
やっぱりか、と俺は口の中で呟いた。
転移地点はプレイヤーごとにばらばららしい。
不安がないと言えば嘘になる。
だが、いずれこの廃墟内のどこかで合流できるだろう。
「――さて」
声に出してみると、思ったより落ち着いた響きになった。
俺は瓦礫の隙間から伸びる細い路地に足を向けた。
耳が痛くなるほどの静けさの中を、自分の足音だけが不気味に響いていく。
最初の異変は、物音だった。
乾いた風の音に混じって、どこかでパキ、パキッと何かが割れるような音がする。
振り返ると、崩れた店の奥、その暗がりの中に、白い人型の輪郭がゆらゆらと揺れていた。
かげろうのように輪郭の縁がぼやけていて、実体があるのかないのか判然としない。
次に目に入ったのは、その輪郭が音もなく距離を詰めてくる様だった。
腕を伸ばされた瞬間、皮膚の表面がすっと冷える感覚がして、俺は反射的に身を引いた。
咄嗟に落ちていた鉄パイプを拾い、思いっきり振り抜く。
実体のつかめない見た目通り、振り抜いた鉄パイプからは、手応えは希薄だったが、確かに何かに触れた感触が伝わってきた。
白い影は輪郭が霧のように散って、けれどまたすぐに別の場所で薄く形を結び直す。
――倒しても、消えないのか。散り散りになっても、また再生して戻ってくるだけだ。
作中では幽霊と描写されていたが、厄介な相手だと思いながらもその再生速度は遅く、今はまだ対処できないほどではない。
ここから離れようと踵を返した一瞬、瓦礫の下に光るものを見つけた。
屈んで拾い上げると、掌に収まる小さな石片が、淡く発光している。
手首のリストバンドの数字が『30』から『29』に切り替わり、それと同時に、遠くの路地の暗がりで、またひとつ白い輪郭が増えたのがわかった。
宝を見つければ見つけるほど、その分、幽霊が増えていく。
小説にあった通りの仕組みを、実際に目の当たりにした瞬間だった。
先ほど拾った宝は一枚のお札のようなアイテムだった。
さらっとした質感と、なんと書いてあるかは分からないが複雑な文様が片面に描かれている。
(これは、まさか……!)
ゲームの中で、とくに後半から必要となるアイテムの発見に、思わず笑みがもれた。
物語の知識があるといっても、内容を事細かに把握している訳じゃない。
重要なアイテムは別として、フィールド内の、あちこちに散らばっている宝のひとつひとつがどこにあるかなんて分からず、どうするかと思案していたが、序盤からの思わぬ幸運に喜びつつ、札を懐にしまっておいた。
しばらく歩いた先、路地裏の角で二つ目の宝を見つけた。
今度は水と食料だった。
宝によって得られるアイテムが違うのも知っていた通りだった。
ゲームが始まって三十分ほどだろうか、今リストバンドの数字は『24』を示している。
他のプレイヤーたちも徐々に宝を見つけているらしい。
簡単なアイテムほど見つけやすいとはいえ、宝が見つかるほど先ほどの白い影も増えていたことを考えると、あまり悠長にはしていられない。
まずはエマと陽太を見つけて、と考えていた矢先に視界の先に見覚えのある人影が見えた。
崩れかけた噴水の側でしゃがんでなにかを探している――金色の髪。
「エマ」
名前を呼ぶと、彼女は勢いよく顔を上げた。
振り向いたエマの青い瞳が、こちらを見て大きく見開かれる。
「透真さん……!」
駆け寄ってきたエマの目には、涙こそ浮かんでいなかったが、それに近いものが滲んでいた。
「よかった……! 透真さんもこのミッションに参加してたんですね……あの後別れて、もう会えないんじゃないかと思って……」
都市に転送されて別れたきり、彼女なりに不安だったのだろう。
見知った相手を見つけてよほど安心したのか声が震えていた。
「無事でよかったな、……エマは、一人なのか?」
言いながら、俺は視線だけをそっと周囲に走らせた。
――玲は。
姿はない。気配もない。
「ええ、知り合いもいないですし、私は一人でこのミッションに参加しました」
俺の問いにエマは不思議そうな顔をする。
よっぽど俺の様子がおかしかったのか「透真さん? どうしたんですか?」とエマが心配そうに話しかけてくる。
喉の奥で言葉が固まって、うまく声が出なかった。
小説では最初のミッションをクリアして、転送された都市でエマと玲が再会する内容だったはずだ。
お互いを意識し始めた二人は次のミッションを一緒に受けていた。
(まさか、いないのか……?)
もし、玲がこのミッションに来ていなかったら。
物語のヒロインがここにいるなら、ヒーローだって近くにいるはず、そう思い込んでいた自分の考えが、急に足元から崩れていくようで眩暈がした。
呆然とした俺の隣で、ふいにエマが小さく息を呑んだ。
「透真さん、あれ……!」
彼女が指差す先、崩れた鐘楼のてっぺんに、輪郭のぼやけた人影がいくつも並んでいた。
十に満たない数だが、ゲーム開始からまだ数時間も経っていないことを考えると緊張が走る。
考えている時間は、なさそうだった。




