第2話 目覚めた場所(後編)
俺はさっきの女性そして先ほど助けた研究員の男とともに、部屋の中から逃げ出し、手近な扉を開けてどうにか一室に転がり込んだ。
物置のような部屋だった。鍵はないが、ひとまず息をつける。
「はあっ、はあ……な、なんなんですか、さっきの……」
「分からない。でも、今は動かない方がいい」
女性は壁際にへたり込み、荒い呼吸を繰り返している。
俺は扉に耳を当て、外の気配を探りながら、頭の中を整理しようとした。
(施設、事故、避難――それに、あの化け物)
考えれば考えるほど、さっきから感じている既視感が拭えない。
まるで一度どこかで見た光景を、なぞらされているような感覚だった。
だが、それが何なのか、輪郭がまだ掴めない。
ふと、首から下げたままのIDカードが目に入った。
「事故発生時対応マニュアル参照」の文字の上に、刻まれた施設のロゴ。
歯車を模した意匠に、鋭い牙のような文字がかぶさった模様だ。
(このマーク……)
どこかで見た。それも、つい最近ではない。
もっとずっと前、何かのページの上で見た覚えがある。
喉の奥がひやりとした。
ポケットから見取り図を取り出し、隅に刷られた同じロゴを何度も見比べる。
間違いない。同じ形だ。
だがそれだけではまだ、頭の中で像が結ばれない。
俺はふらりと立ち上がり、部屋の隅にあった鏡に近づいた。
それは埃をかぶった、古い姿見だった。
映った顔を見て、俺は一瞬、目を疑った。
(――誰だ、これ)
自分の顔じゃない。そう思ったのに、目が離せなかった。
吊り上がった目元。
薄い唇は、黙っていてもわずかに口角が上がっていて、常に何かを見下しているような印象を作っている。
血の気の薄い肌に、肩を少し越すあたりまで伸びた赤茶色の髪を、無造作にひとつに縛った男。
結びきれなかった後れ毛が、頬の輪郭に沿って揺れている。
瞳の色は、見たこともないほど深い琥珀色をしていた。
じっと見つめているうちに、頭の奥で何かが弾けた。
――この顔を、知っている。
吊り目も、薄い唇も、皮肉げに上がった口角も、琥珀色の瞳も。
どこかで、確かに目にした覚えがある。
そして、この特徴的なロゴ。歯車と牙を組み合わせた、あの施設のマーク。
全部、一致していた。
「……嘘、だろ」
声が震えた。
これは、俺が知っている話だ。
以前どこかで読んだ、あのweb小説とそっくり同じ舞台。
そして、鏡の中でこちらを見返しているのは――その話に出てくる、悪役キャラの顔だった。
震える手でIDカードを手に取り、印字されている名前を確認する。
「……鴉城透真……」
混乱と焦りが、腹の底からせり上がってくる。
もしこれが、本当にあの物語と同じなら。
この先に待っているものが、何なのか。
俺はもう、知っているはずだった。




