第1話 目覚めた場所(前編)
はじめまして、ハチと申します。
初めての小説投稿となります。至らない点も多いかと思いますが、少しずつ書き進めていきます。
デスゲーム×悪役転生×BL(現状はブロマンス寄り)を詰め込んだ物語です。
頭脳戦のガチガチな心理戦よりも、キャラクターたちが必死に足掻く姿を描きたいと思っています。
※本作はカクヨムにも掲載しています(重複投稿)。
この世界で生き残るために、俺が頼れるものはひとつしかない。
結末の手前までしか覚えていない、曖昧な原作知識だ。
――もっとも、このときの俺はまだ、自分が物語の悪役になっていることすら知らなかった。
目が覚める直前、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
それは聞き覚えのない、それでいてどこか懐かしい声だった。
最初に感じたのは、鼻の奥を刺すようなツンとしたにおいだった。
目を開けると、白い天井が視界いっぱいに広がっている。
蛍光灯の光が眩しくて、俺は数回瞬きをしてから、ゆっくりと身体を起こした。
(……ここ、どこだ)
見覚えのない場所だった。
無機質な白い壁に囲まれた室内に、金属製のドア、壁際に不揃いに並んだ機材。
病院にしては消毒液のにおいが強すぎるし、研究室にしては機材の並びが雑すぎる。
自分の服装に目を落とした瞬間、違和感がさらに膨らんだ。
白衣だ。しかも、自分のものではない。
首から下げたIDカードには名前らしき欄があるが、自分の名前を確認しようとした瞬間、頭痛が走り咄嗟にこめかみを抑える。
幸い痛みはすぐ治まり、軽く頭を振って周囲を見た。
まわりには、同じような白衣を着た人間が何人も床に横たわっていた。
そのうちのひとりが身じろぎし、ゆっくりと身体を起こす。
続いて、別の人間も目を覚ましたように辺りを見回し始めた。
俺と同じようにここで目覚めたばかりなのだろう、皆戸惑った顔をしている。
「あの、大丈夫ですか」
声をかけてきたのは、俺の近くで目を覚ましたらしい若い女性だった。
金の長髪を後ろで結び、俺と同じ白衣を着ている。
青い瞳を不安げに揺らしながら、こちらの様子を窺っていた。
「ああ、大丈夫。あんたは?」
「わ、わかりません……気づいたらここにいて」
彼女だけじゃない。周りにいる誰もが、状況を把握できていない様子だった。
そのとき、天井のスピーカーからノイズ混じりのアナウンスが響いた。
『――施設内で事故が発生しました。研究員の皆様は二十四時間以内に当施設より避難してください。繰り返します。施設内で事故が発生しました。研究員の皆様は――』
施設。研究員。
その単語を聞いた瞬間、また頭の奥がちりっと痛んだ。
何かが引っかかる。喉元まで出かかっているのに、形にならない感覚が気持ち悪い。
俺は白衣のポケットを探った。
中から出てきたのは、簡単な見取り図らしき紙切れだった。
IDカードには「事故発生時対応マニュアル参照」という一文とともに、見取り図と同じ施設のロゴが印字されている。
(研究施設、事故発生、避難――)
見取り図に視線を落とした瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。
一体なぜ自分がこんな場所にいるのか。答えの出ない疑問ばかりが、頭の中で膨らんでいく。
考えこんでいると、ふいに遠くから重い足音のようなものが響いてきた。
ずるり、ずるり、と何かを引きずるような音。
それに混じって、すえたような、生臭いにおいが漂ってくる。
周囲にいた研究員たちの顔が、一斉に強張った。
「な、なに、今の音……」
さっき声をかけてきた女性が、俺の腕にしがみついてきた。
震える指先が、白衣の袖をきつく握りしめている。
「離れて。今すぐここから逃げ――」
言い終える前に、突然入り口の金属製のドアが凄まじい音を立てて吹き飛び、巨大な影が姿を現した。
一瞬、それは人の形をしているように見えた。だが、すぐに間違いだと分かった。
二メートルはあろうかという肉の塊が、天井に届きそうなほどの巨体を引きずるように動いている。
両腕は異様に膨れ上がり、その先には獲物を切り裂くための鉤爪が伸びていた。
顔だったはずの部分は原形を留めておらず、眼球は肥大化し、今にも眼窩から飛び出しそうなほど見開かれている。
裂けた口元からは、鋸のような牙がずらりと覗いていた。
人間だったものが、何か別の存在へと作り替えられた――そうとしか思えない姿をしていた。
突如現れた化け物に辺りは騒然となり、誰かが転び、誰かが逃げ惑い、白衣の集団はあっという間に散り散りになった。
俺はとっさに、腕にしがみついていた女性の手を掴み、物陰に引きずり込む。
「動くな。声も出すな」
口から出た声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
けれど、女性の手を握る指先にはじっとりと汗が滲んでいる。
「で、でも――」
「大丈夫、俺が見てる」
様子を窺っていると、逃げ遅れた研究員のひとりが化け物に追われている姿が見えた。
「助けなければ」と反射的に足を踏み出しかけて――その瞬間、視界の端に動かない人影を捉える。
化け物から死角になる位置に、こちらの騒動をただ眺めている男がいた。
黒い髪、感情の読めない瞳。
整った顔立ちのはずなのに、そこに感情の温度が一切乗っていないせいで、どこか作り物めいて見えた。
逃げ惑う研究員たちを一瞥しただけで、助けに入る素振りすら見せない。
恐怖と混乱で騒然とするこの空間の中で、男の視線だけが異様に静かだった。
俺は息を呑んだ。知らない顔のはずなのに、どこかで見た気がする。
だが思い出せない。小骨が刺さったような違和感に、一瞬、身体が固まった。
俺が動揺している間にも、目の前では悲鳴が続いている。
すぐさま我に返り物陰から飛び出し、化け物に掴まれかけている研究員の腕を引いて、無理やりその場から引き剥がした。
「っ、はな――」
「喋るな、走れ!」
身を隠していた女性の無事を確認し、二人をどうにか安全な場所まで逃がすと、俺は荒い息を整えた。
心臓が痛いほど鳴っている。
危なかった、と思う反面、頭の隅では別のことを考えていた。
(さっきの、あの男は……)
振り返ると、さっきの男の姿はもうどこにもなかった。
まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、悪役の体で目覚めた主人公が、原作知識をもとに手探りで生き延びていく話です。ただ、知っているのは結末よりずっと手前までで、細部の記憶は驚くほど頼りない――そんな不完全な知識アドバンテージが、この作品の一番の軸になっています。
続きも、もしよろしければ覗いていただけると嬉しいです。
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