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デスゲームの悪役になった俺の生存戦略  作者: ハチ


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第18話 黄昏市場(後編)

 コン、コン、コン。


 ノックの音が、やけに大きく部屋に響いた。

 陽太の肩が、目に見えて跳ねる。

「……誰か、来る予定あったか」

 俺の問いに、陽太は青ざめた顔で首を横に振った。

 俺はベッドから腰を上げ、ドアの覗き窓から廊下を窺った。


 そこに立っていたのは、二人組の男だった。

 片方は痩せ型で猫のような目つき、もう片方は逆に大柄で、腕を組んで壁に寄りかかっている。

 どちらも上等とは言えない身なりだが、それなりに堂に入った雰囲気があった。

「……知り合いか」

 小声で尋ねると、陽太は無言のまま、激しく首を横に振った。

 それから、蚊の鳴くような声で。

「……もしかしたら、さっきの、ポイント狙ってた連中の……」

 言い終わる前に、もう一度ノックが響いた。

 今度はさっきより強く。

「芽吹陽太くーん。いるのは分かってるんだよ。契約書の件で来たんだけどなぁ」

 痩せ型の男の声だった。

 妙に間延びした喋り方が、かえって不穏さを増している。

 俺は陽太に「下がってろ」と目で合図し、ドアを開けた。

「何の用だ」

「おや」

 痩せ型の男が眉を上げる。

「お前さんには関係ない話だ。芽吹くんに用があるだけでね」

「悪いが、そいつは今、俺の連れだ。用があるなら俺を通してくれ」

「連れ、ねぇ」

 大柄な男が、初めて壁から背を離した。

 値踏みするような視線がこちらの全身を這う。


 言うが早いか、男の手が伸びた。

 陽太の胸ぐらを狙うような動き——だが、その手は陽太の体に触れる寸前で、見えない壁に弾かれたように止まった。

 パチン、と軽い音がして、男の腕がわずかに痙攣するように跳ね返る。

「っ——!」

 男は忌々しげに舌打ちし、手を振って痺れを払った。

「……ちっ、相変わらず融通の利かねぇシステムだ」

 その光景に、陽太が息を呑む音が聞こえた。

 俺自身、世界のルールが実際に発動する瞬間を見るのは初めてだった。

 この世界では都市内はもちろんミッション中においても、プレイヤーがプレイヤーを直接攻撃する事はできないようになっている。知識としては知っていたが——本当に、傷つけようとする意志そのものをシステムが弾くようだ。


 そういえば、陽太が昼間の男たちに胸ぐらを掴まれたときは、とくに何も起きなかった。

 あれは脅しや威嚇の延長でしかなかったということか。

 今この男の手は本気で陽太を痛めつけるつもりだったから、弾かれた——そう考えると妙に腑に落ちた。

「見ての通りだ」

 俺は静かに言った。

「暴力じゃ、どうにもならない。それがこの世界のルールだろ?」

「だからって、話が終わるわけじゃないんだよ!」

 痩せ型の男が、笑みを崩さずに一歩詰め寄る。

「契約は契約だ。サインした以上こっちの言う事には従ってもらう。別に暴力でなくても、痛めつける方法なんざいくらでもあるってことさ」

「痛めつける、ね」

 俺はわざとらしくため息をつき、男の手にした契約書を指先で摘み上げた。

「一つ聞くが、これ、運営発行の正式書類か?」

 男の眉が、わずかに動いた。

「……何が言いたい」

「運営公式の契約書類には、決まった書式がある。ポイントの上限表示、発行印、説明義務の履行記録——それらが明記されて、尚且つプレイヤーが納得の上で応じれば、その書類はルールと一緒である程度の強制力を持つ。お前らが陽太に渡したこの紙切れに、そのどれかがあるか?」

 もちろん、俺はその書式を実際には見たことがないが、小説の中で名前だけが触れられていたに過ぎない。

 だが、それを表情に出すつもりはなかった。

 

「これはただの私的な走り書きだろう? ただの口約束と一緒で何の強制力もない。この世界で、そんなものに素直に従うプレイヤーがいると、本気で思っているのか?」

 真正面から相手の顔を見つめて、低い声で脅すように話しかける。

「っ……」

 痩せ型の男の笑みが、初めてわずかに強張った。

 大柄な男が、隣で舌打ちする。

「……知った風な口を利くじゃねぇか、坊主」

「知った風、で困るのはお前らだろ」

 俺は契約書を男の胸に押し返しながら、口角を上げた。

「運営はプレイヤー同士のいざこざには介入しない——それは俺も知っている。さっき痛めつけるだの何だのほざいていたが、それはこっちだって条件は同じだ。しつこく付き纏うゴミを払うのに、手段なんていくらでもある。とくにミッションの中とあれば、なぁ?」

「……」

「たかだかゲームに参加したばかりの初心者なんて放っておけ。手を出してくるなら、こちらだって黙っていられなくなる、お互いに損するばかりだろ?」


 沈黙が落ちた。

 痩せ型の男が、大柄な男と目配せを交わす。

 何かを計算するような、お互いに相談しているような数秒間。

「……ちっ」

 先に折れたのは痩せ型の男だった。

 忌々しげに契約書を握りつぶし、懐にねじ込む。

「随分と事情に詳しい奴が側についたもんだ、だが忘れんなよ、坊主」

「忘れる必要もない。この件はもう終わりだ」

 俺は静かに、しかしはっきりと言い切った。

 二人組は最後にひと睨みを寄越すと、廊下の奥へと去っていった。

 足音が完全に消えるまで、俺はドアを開けたまま見送った。


 ドアを閉めた瞬間、後ろでへなへなと座り込む音がした。

「と、透真さん……すごい、です……」

 腰を抜かした陽太が、床に座り込んだまま呆然と俺を見上げている。

「こんなの、大したことじゃない」

 俺はベッドに腰を下ろしながら、素っ気なく答えた。

 実際のところ、心臓はバクバクと忙しなく速く動いていた。

 運営は基本プレイヤー間の問題には介入しない。誰を騙そうが、奪われようが、それは自己責任となる。

 奴らは小心者の子悪党だったからこちらのはったりも通じたが、これが組織だった連中なら危なかったかもしれない。

「でも、その……本当に、ありがとうございました」

「礼はもう何度も聞いた」

 短く返すと、陽太は鼻をすすりながら、それでも嬉しそうに笑った。


 陽太のその笑顔を見ながらも、俺の意識はふと窓の外へ向けられた。

 紺色の空に浮かぶ、白と青の二つの月。

 それらが都市を見下ろすように街並みを照らしていた。

 一見すると息を呑むほどに美しい光景は、どこか現実味のない、毒々しい極彩色がにじみ出ている。

 橙色に光る街頭の灯りが、まるで獲物を待つ怪物の目のように明滅していた。


 黄昏都市の夜が更けていく。

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