第16話 芽吹 陽太(後編)
続きは聞けなかったが、篠崎のあの忠告は今まさに目の前で起こっているようなトラブルには気をつけろ、ということなんだろう。
青年の胸ぐらを掴んでいた大柄な男がいよいよ剣呑な空気になってきた。迷っている暇はなさそうだ。
俺は、気づけば声を上げていた。
「――そこまでにしとけよ」
男たちの視線が、一斉にこちらを向いた。
「あ? なんだお前、関係ないやつは黙ってろ」
真ん中にいる人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている男が、こちらを嘲笑うように見てくる。
「関係あるかどうかは、そっちが決めることじゃない」
男たちを見返しながら、こちらも馬鹿にしたように笑みを返す。
「なんの契約書だか知らないが、複数がかりで初心者騙して恐喝なんて恥ずかしくないのか? しかもポイントはもう貰ったんだろ? いつまでも素人相手に突っかかって、見苦しいんだよ」
自分としてはもう少し穏便な言い方をしたつもりだが、この口が勝手に相手を煽るような言葉をすらすらと喋り出した。
あちらは複数人いるので勘弁してほしいが、言った言葉は取り消せない。
案の定、挑発されたと思ったのか三人組の男はこめかみに青筋を立てて睨みつけてきた。
「図星をさされたからって怒るなよ。お前らがどんなに束でかかってこようが、この都市じゃ一切の暴力行為は禁じられてるの、知ってるだろ? むしろここで騒ぎを起こして目立つほうが、お前らの商売には痛手なんじゃないのか?」
ハッと小馬鹿にしながら、腕を広げて余裕の態度を見せる。トドメに意識して悪どい笑顔を浮かべるが、鴉城透真は元々が人を見下したような悪い顔がデフォなので、男たちの目には悪役らしい人間に映っているかもしれない。
言葉も態度もはったりだったが、男たちの顔にわずかな動揺が走るのが見えた。
この手の連中は、大抵、騒がれて目立つことを一番嫌う。
「チッ、覚えてろよ!」
舌打ちとともに、男たちは青年から手を離し、足早にその場を去っていった。
残された青年は、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて勢いよくこちらを振り向いた。
「あ、あの……! ありがとうございます!」
大型犬が尻尾を振るような勢いで、深々と頭を下げてくる。
「……別に。ああいう連中が嫌いなだけで、お前を助けようと思った訳じゃない」
大丈夫か、と聞くつもりだった言葉が、気づけば皮肉げなセリフに変わっていた。思わず顔をしかめる。
「でも、本当に助かりました……! あの、俺、芽吹陽太っていいます」
その名前を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
(――は? 芽吹、陽太……? あの、芽吹陽太か……!?)
知っている名前だった。だが、目の前の青年とは、まるで結びつかない。
物語の中の芽吹陽太は、背筋をまっすぐに伸ばした長身と、有無を言わさぬ威圧感を纏った男だった。表情はほとんど動かず、笑うところなど見たことがない。無口で、無愛想、必要なこと以外は口にしない――そんな印象の人物だったはずだ。
目の前で涙目になりながらぺこぺこ頭を下げているこの青年とは、まるで似ても似つかなかった。
「――お前、本当に、芽吹陽太か?」
思わず聞き返した俺に、陽太はきょとんとした顔で首を傾げた。
「え、はい……? そう、ですけど……」
俺は、言葉に詰まった。
(なんだ、これは。何がどうなってる……)
陽太は俺の反応に戸惑ったように瞬きしたあと、おずおずと尋ねてくる。
「あの……何か、変ですか?」
「いや……」
物語の中の芽吹陽太と、目の前の男があまりにもかけ離れている。まるで別人だ。同姓同名の人物が他にいるのか、それともこの先物語が進むと性格が豹変するのか。
「……なんでもない。知り合いの名前と、勘違いしただけだ」
躊躇しつつ何と説明すればいいのか、俺自身分からなかったので適当にはぐらかすと、陽太は納得したのかしていないのか、曖昧に頷いた。
「あ、あの、それより、本当にありがとうございました……! お礼、何かさせてください」
「別に礼はいらない。それより、お前、あいつらにポイントを持っていかれたのか?」
陽太は情けなさそうに肩を落とし、頷いた。
「初めてのミッションクリアで貰ったポイント、ほとんど……。都市に来て早々、ちゃんとした宿の取り方も分からなくて、声かけてきた人に言われるまま契約しちゃって……」
聞けば聞くほど、絵に描いたような初心者の失敗だった。この様子では、放っておいてもまた似たような目に遭うだろう。
「……ついてこい」
俺はため息をひとつついて、気づけばそう口にしていた。
「え?」
「宿の取り方くらい教えてやる。それと、この都市にはさっきの連中のような、柄の悪い奴らが多いエリアもあるんだ。ここで見捨ててボロ雑巾のようになっても寝覚めが悪いからな」
心配なので一緒に行こう、という言葉がだいぶ悪意あるものに変換されたが、陽太は目を丸くしたあと、ぱあっと顔を輝かせた。それが一瞬、実家で飼っていた犬の喜ぶ姿と重なって、懐かしさと胸の痛みで目が細まる。
「い、いいんですか?」
「……嫌なら別にいいが」
「い、嫌じゃないです! お願いします!」
勢いよく頭を下げる陽太を横目に、俺は雑踏の先へと歩き出した。
ふと、視界の端で何かが揺れた気がした。
振り返っても、人混みの他には何もない。だが、たしかに――誰かに見られているような、そんな気配だけが、しばらく背中にまとわりついて離れなかった。




