第11話 脱出の扉(前編)
所長権限アクセスキーを手に、俺たちは一階の出入口を目指した。
案内表示を頼りに廊下を進むうちに、次第に周囲の様子が変わっていく。
壁のところどころに、生々しい爪痕。
床には、複数人分の足跡が乱れて残っていた。
「みんな、同じことを考えてる。ここを抜ければ、外に出られるって」
男が呟いた。俺は無言で頷いた。
やがて、視界が開けた。
巨大な両開きの扉。
金属製の重厚な造りに、施設の紋章が刻まれている。
あれが、地上への唯一の出口だ。
だが、その手前で足が止まった。
扉の前に、数人のプレイヤーの姿があった。
武器らしきものを手にした者もいる。
おそらく、俺たちより先にここへ辿り着いた経験者プレイヤー達だろう。
その全員が、扉の前に立ちはだかる二体の影の前で立ち往生している。
一体は、見慣れた化け物だった。
地下から上がってきたのか、あるいは元々このフロアにいたのか。
もう一体は――明らかに様子が違った。
同じ種のはずなのに、纏う気配がまるで違う。
他の化け物よりも一回り大きく、それでいて歪ではない。
筋肉の隆起は、頑強という言葉がふさわしい均整を保っている。
顔立ちも、他の個体よりずっと人間に近い見た目をしている。
落ち窪んだ眼窩の奥に、意志を感じさせる双眸が、静かにプレイヤー達を見据えていた。
「あれは……何ですか……?」
エマの震える声に返事はない。誰も答えを知らないからだ。
プレイヤーの一人が、叫びながら化け物に斧のような武器を振るった。
刃は体に届いたが、そこから肉が裂けることはなく、肉体にあたったとは思えないような硬質な音が響いた。
大きい方の個体は、振るわれた武器をまるで意に介さなかった。
斧を持ったプレイヤーが呆然とした様子で巨体の化け物を見上げる。
次の瞬間、丸太のような腕が一閃した。
悲鳴すら、最後まで続かなかった。
巨大な化け物の腕が目の前のプレイヤーの上半身を一瞬にして吹き飛ばした。
俺は、目を逸らすことができなかった。
何人ものプレイヤーが、まるで障害物のように薙ぎ払われ、体を吹き飛ばされ、なす術なく動かなくなっていく。
経験者と思わしき者たちの武器も、あの巨体にはほとんど意味を成していないようだった。
「無理だ……あんなの、勝てるわけが……」
隣の男の声が、恐怖に掠れていた。
俺は喉の奥が渇いていくのを感じながら、それでも視線を逸らさずにいた。
(――知っている。あの化け物のことも)
あの巨躯こそが、この施設で最も危険な個体。
でも物語の中で、玲がこれを退けて脱出を果たしていたはずだった。
「――あれは私が引きつけます」
低く、静かな声が響いた。
振り返ると、玲がすでに前へ踏み出していた。
手にしたナイフの刃が、鈍く光を反射する。
「あの大きい方は、私が相手します。あなた達はあっちの雑魚をお願いします」
「雑魚って……お前、正気か!?」
男が声を上げたが、玲はすでに歩き出していた。
「時間がないので。喋る暇があったら動いてください」
その背中には、迷いのかけらもなかった。
俺は知っている展開が、今まさに始まろうとしているのを見ていた。
(大丈夫だ。これは、知ってる流れだ)
自分に言い聞かせるように、そう思った。
「――俺たちは、あっちを引きつける」
俺は男に向き直り、通常の化け物の方を指した。
男は一瞬、迷うような顔をしたが、すぐに頷いた。
「分かった。二人で引きつける。エマは――」
「私、後ろで支援します。何かできることがあれば……!」
エマの声には恐怖が滲んでいたが、それでも逃げ出そうとはしなかった。
こうして、それぞれの戦いが始まった。




