第八話 官邸対策室
2027年3月10日(水) 08:31
テレビ画面には、赤い帯で「速報」の文字が表示されていた。
『政府は先ほど、大阪上空に出現した巨大な紋様について、総理官邸に官邸対策室を設置したと発表しました。』
『政府は現在、情報収集と事態の把握を進めるとともに、国民の皆様に冷静な対応を呼びかけています。新たな情報が入り次第、お伝えします。』
画面は総理官邸内の記者会見室へ切り替わる。
集まった報道陣の前に官房長官が姿を見せた。
「政府は先ほど、官邸対策室を設置しました。」
「現在、関係機関と連携し、情報収集を進めています。」
「現時点で人的、物的被害は確認されておりません。」
記者たちが一斉に声を上げる。
「官房長官! あの紋様は何なのでしょうか!」
「危険性はあるのでしょうか!」
官房長官は記者たちを静かに見渡した。
「現在も情報収集を続けています。」
「国民の皆様には、冷静な対応をお願いいたします。」
それだけを告げると、一礼して足早に官邸へ戻っていった。
◇
官邸対策室――。
ドアが開く。
藤堂が対策室へ足を踏み入れた。
官房長官をはじめ、各省庁の幹部たちがその後に続く。
全員が席に着くと、室内は静寂に包まれた。
正面の大型モニターには、大阪上空に浮かぶ巨大な紋様が映し出されている。
藤堂は室内を静かに見渡した。
「それでは、報告をお願いします。」
最初に口を開いたのは気象庁長官だった。
「現在までに、気象レーダー、気象衛星、地上観測網のすべてを確認しました。」
「しかし、本現象を既知の気象現象として説明できるデータは得られていません。」
「周辺の気温、気圧、風向、風速にも有意な変化は確認されておりません。」
続いて国土交通省が資料を開く。
「航空機の安全を最優先とし、関西国際空港、大阪国際空港、神戸空港の3空港については、離着陸停止を正式に決定しました。」
「高速道路につきましては、通行止めは実施しておりません。」
「道路情報板などを通じ、わき見運転への注意喚起を継続しております。」
警察庁長官が続く。
「現時点で大きな混乱は確認されておりません。」
「見物目的の車両による渋滞が一部で発生しております。」
「交通整理を強化するとともに、警戒を継続します。」
消防庁長官が資料へ目を落とした。
「現在まで人的被害、火災などの発生は確認されておりません。」
「全国の消防本部に対し、即応体制の維持を求めております。」
海上保安庁長官が続ける。
「大阪湾では巡視船による警戒を継続し、航行船舶への注意喚起を行っております。」
藤堂は小さくうなずいた。
「では、防衛省は?」
防衛大臣が姿勢を正した。
「防衛省です。」
「現時点において、本現象による領空侵犯や武力攻撃など、直接的な安全保障上の脅威は確認されておりません。」
「しかし、その正体は依然として不明です。」
「本現象は、国の安全保障に関わる事案となる可能性も否定できません。」
「現在までの観測では、光学的な観測以外に有効な情報は得られておりません。」
報告が終わり、室内は再び静まり返った。
大型モニターには、巨大な紋様が静かに浮かび続けている。
藤堂はゆっくりと席を立った。
モニターの前まで歩み寄り、その巨大な紋様を見つめる。
「……見なければ分からない、か。」
その声は誰に向けた言葉でもなかった。
藤堂はゆっくりと振り返る。
その動きに合わせるように、室内の視線が一斉に集まった。
「防衛大臣。」
「P-1哨戒機は出せますか。」
防衛大臣は静かにうなずく。
「可能です。」
「本事象は国の安全保障に関わる事案となる可能性があります。」
「情報収集を目的とした観測飛行は実施可能です。」
短い沈黙が流れる。
藤堂は防衛大臣を真っ直ぐ見据えた。
「お願いします。」
◇
海上自衛隊厚木航空基地。
格納庫では隊員たちが慌ただしく駆け回っていた。
整備員が機体前方で手信号を送る。
地上誘導員が前進の合図を送った。
牽引車に引かれ、巨体がゆっくりと格納庫を出る。
P-1の補助動力装置(APU)が始動した。
やがて4基のエンジンが、1基、また1基と回転を始め、低い轟音が基地内に響き渡る。
地上誘導員が前進の合図を送った。
巨体がゆっくりと動き出す。
P-1哨戒機は滑走路へ向かった。
人類初の近接観測が、始まろうとしていた。




