第七十九話 その時に向かって
その日から、慌ただしく時間が流れた。
◇
「当日の大阪上空は、旅客機も含めて飛行禁止にしてください」
「大阪湾へ入港する船にも、急激な潮位変化に注意するよう警告を出してください」
藤堂はいつものように指示を出している。
◇
「知事、16日の交通規制案が出来ました」
「ああ、これで問題ないです。大阪府警に確認を取ってください」
高城は休むことなく対応を取っている。
◇
「藤堂さん、大統領には私が説明してみましょう」
「あとは任せてください」
クロフォードはそう言って、帰国した。
◇
「相沢、16日の取材申請通ったぞ」
「ありがとうございます」
相沢は帰還の日に向けて、取材の準備を進めていた。
◇
「お母さん、テレビであの島がなくなるって言ってるよ」
「そうね、これで静かになるかしらね」
◇
レジに、パンとペットボトルの水、それに菓子が置かれた。
ピッ。
ピッ。
店員は目線を上げずに話しかける。
「あの島、帰るそうですね」
客もよそ見をしたまま答える。
「色々ありましたけど、寂しい気持ちもあります」
その言葉に、店員は顔を上げた。
「私もです」
◇
そして、神谷とひよりとリツ――。
「リツさん、日本での生活に備えて、今日は健康診断を受けてもらいます」
神谷がリツへ伝える。
『健康診断?』
『健康かどうか調べるんだよ』
ひよりがリツへ説明する。
『私は元気だが』
『それをね、お医者さんが見るの』
『嫌だ』
リツが拗ねた顔をする。
『なんで?』
『医者は苦い薬を飲ます』
『大丈夫、今日は薬は飲まないから』
『ほんとか?』
『ほんとだよ』
『……分かった』
ひよりたちの宿泊所には、健診車両が来ていた。
レントゲン、心電図、視力、聴力など、一通りの検査を行う。
そして残るは、採血だった――。
『リツ、これで終わりだよ』
『はい、ここに腕を置いて』
ひよりが採血用の枕を指差す。
『分かった』
リツは言われた通り腕を置く。
看護師が手際よく駆血帯を巻いた。
『リツ、ちょっと動かないでね』
『これで、やっと……』
リツの言葉が途中で止まる。
視線が、目の前で看護師の持つ注射器に釘付けになった。
『ちょっと待って!』
リツが突然叫んだ。
『……ひより、これどうするの?』
顔を強張らせ、注射器を指差す。
『これね、腕にチクっと刺して、チューって血を吸って、はい終わり』
『はい終わりじゃないよ……』
リツは不満そうな顔をする。
『普段、刀持ってるのに注射が怖いの?』
『私、とんがった物きらい』
ポツリと呟く。
『はい、分かったからサクッと終わらせようね』
『これしないと日本に残れないよ』
そう言って、ひよりはリツの腕を押さえる。
『え、ちょっと待って』
看護師が注射器を構える。
『ひーー!』
リツは悲鳴を上げた。
◇
この1週間、誰もがそれぞれの日常を送った。
そして――。
4月16日を迎えた。
残り2話。




