第七十八話 紋様、再び
2027年4月8日(木) 15:32
ひよりとリツは、しばらく抱き合っていた。
その様子を、カガリとナギは黙って見つめている。
やがて、カガリが口を開いた。
『ひよりよ、これでリツのことは大丈夫じゃな』
ひよりはリツから離れ、カガリへ向き直る。
『はい、任せてください』
カガリは頷くと、今度はリツを見る。
『リツ、おぬしもそれでいいのじゃな』
『はい!』
リツは迷うことなく答えた。
『では』
カガリは一度、言葉を切る。
先ほどまでとは違う、軍人としての表情でリツを見据えた。
『ツクシノ辺境方面軍、第三大隊、第三中隊、ヤシロ小隊所属、リツ』
『はい!』
リツが姿勢を正す。
『おぬしに日本での継続調査の任を命ずる!』
『はい! リツ、拝命いたしました!』
元気な声が部屋に響いた。
カガリはしばらくリツを見つめる。
そして、その表情を僅かに緩めた。
『良かったな……』
『ありがとうございます……』
リツは深く頭を下げた。
カガリはそんなリツから視線を外し、ひよりへ向き直る。
『ひよりよ、わらわ達は帰還の準備に入る』
『はい』
『次に日が出たくらいに、また転移門を開くための陣を展開する』
ひよりは、その言葉に僅かに眉を動かした。
『それは、前に出た紋様がまた現れるということですか?』
『そうじゃ。門を開くのに、また同じくらい時間がかかるじゃろ』
『分かりました。そう伝えます』
ひよりは頷いた。
◇
島を出たひよりは、すぐに神谷へ電話をかけた。
「もしもし、神谷さん」
『水城さん。どうしました?』
「カガリ大隊長から、帰還について話がありました」
『帰還?』
「はい。明日の朝から、元の世界へ戻るための準備に入るそうです」
『……明日から』
「それと、もう1つ」
ひよりは一度言葉を置いた。
「以前、大阪上空に現れた紋様を覚えていますよね」
『もちろんです』
「準備に入ることで、あの紋様が、また現れるそうです」
『……え?』
「転移門を開くための陣だと言っていました」
電話の向こうから返事がなくなる。
「神谷さん?」
『……すみません。続けてください』
「門を開くまでには、前回と同じくらいの時間がかかるそうです」
『ということは、また7日ですか?』
「おそらく、そうだと思います」
『分かりました……』
神谷の声が僅かに低くなる。
『すぐ官邸へ報告します』
「お願いします」
通話が切れた。
神谷は携帯電話を握ったまま、しばらく動かなかった。
あの紋様が、再び現れる。
神谷はすぐに官邸へ連絡を入れた。
◇
東京、総理官邸。
神谷からの報告を受けた藤堂は、静かに頷いた。
「……分かりました」
『はい。島側からの説明では、元の世界へ戻るための転移門を開く陣だそうです』
浅間が尋ねる。
「出現するのは?」
『明日の午前と』
「前回と同じものなんですか?」
『水城さんからの報告では、カガリ大隊長はそう説明しています』
「……ということは」
浅間が藤堂を見る。
「また、あのカウントが始まるということですね」
『そうです』
藤堂は僅かに考えた。
「分かりました。神谷くんは大阪へ戻って、島側とのやり取りをお願いします」
『はい』
「こちらは国民へ知らせます」
◇
大阪市内。
駅前の大型ビジョンに、速報の文字が表示された。
『政府は先ほど、明日の午前、大阪湾上空に再び巨大な紋様が現れると発表しました』
画面には、3月10日に撮影された大阪上空の映像が映し出される。
巨大な円。
約1か月前、日本中を混乱させた紋様だった。
『政府によりますと、この紋様は島の帰還に伴い、再度現れるということです』
『また、国民には冷静な対応を呼びかけています』
足を止めて画面を見ていた人々から、声が上がる。
「また出るのか……」
「でも、今度は何なのか分かってるんでしょ?」
「島、帰っちゃうんだな」
「結局、1か月くらいしかいなかったんだ」
「明日の朝、見えるかな」
「見に行く人、絶対いるだろ」
「いや、大阪湾まで行くのはやめとけって。また何が起きるか分からんぞ」
少し離れたところでは、制服姿の高校生たちが画面を見上げていた。
「学校から見えるかな?」
「屋上、開けてくれないかな」
「無理でしょ」
「でも見たいよね。もう二度と見られないかもしれないし」
その言葉に、隣にいた生徒が画面を見上げる。
「……本当に帰るんだな」
◇
ネット上でも、政府の発表は瞬く間に広がっていった。
『またあれ出るの!?』
『今度は意味分かってるからちょっと安心』
『あのカウントまた始まるのか』
『0になったら島が帰るってこと?』
『見たい』
『大阪に人集まりそう』
『危ないから行くなよ』
『来た時は怖かったけど、帰るって聞くとなんか寂しいな』
『もうちょっといてほしかった』
『異世界人、本当に帰っちゃうのか』
『あの女の子たちも帰るの?』
約1か月前。
誰もが、不安と戸惑いを抱えて見上げた紋様。
そして今――。
同じ紋様が、もう一度大阪の空に現れようとしていた。
◇
2027年4月9日(金) 07:40
大阪。
今朝の人々は、時折空を見上げながら動き始めていた。
駅へ向かう人。
車を走らせる人。
店を開ける人。
誰もが空の見える場所へ出ると、一度は上を向いた。
あの日とは違う。
今日は、何が現れるのかを知っている。
そして――。
07:43
大阪の空に、突然それは現れた。
巨大な円。
その内側に並ぶ、見覚えのある紋様。
あの日と、同じ時刻。
「出た……」
誰かが呟いた。
駅へ向かっていた人々が足を止める。
ビルの窓際では、何人もの社員が空を見上げていた。
信号待ちの車からも、人々がその姿を見ている。
あの日と同じ光景。
だが――。
もう誰も、
「何だ、あれ」
とは言わなかった。
◇
その日の午後。
政府は、再び現れた紋様を解析した結果を発表した。
カウントが0になるのは――。
2027年4月16日(金) 12時59分40秒。
あの日と、同じ時刻。
その時、島は元の世界へ帰還する――。
残り3話。




