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【完結】『彼方と日常の境界、そのリアル』 ―ある日、大阪上空に未知の紋様が現れたら、現実社会はどう動く?―  作者: そらと ソラ
彼方と日常

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第七十七話 国会


2027年4月8日(木) 13:08


 国会議事堂。


 官邸での会議から、2日。

 法務省、内閣法制局を中心に検討が続けられ、政府はリツの帰化について、国籍法第9条を適用する方針を固めた。

 そして今日――。

 その可否は、国会へ委ねられていた。


 藤堂は浅間とともに議場へ入った。

 すでに多くの議員が着席し、資料を確認したり、隣の議員と言葉を交わしたりしている。

 藤堂は自席へ向かい、腰を下ろした。

 机上の資料に目を落とす。

 そこには、リツの名が記されていた。


 やがて、議長が議題を告げた。

 ツクシノ人の帰化許可に関する国会承認。

 その審議が始まる。

 政府側の説明が終わると、質問に立った野党の議員が口を開いた。


「政府は、リツ氏を国籍法第9条に規定する『日本に特別の功労のある外国人』に該当すると判断した。そのような説明でよろしいですね?」


「はい」


 法務大臣が答える。


「しかし、彼女がこの世界へ来てから、まだ1か月も経っていません」

「日本で生活した期間も極めて短い。その人物に日本国籍を与えることが、本当に適切なのでしょうか」


 議場の一部から声が上がる。


『そうだ!』

『特別扱いじゃないか!』

『他の帰化申請者との公平性はどうなる!』


 議場がざわめき始める。

 質問に立った議員は、その声が収まるのを待ってから続けた。


「そもそも、国籍法第9条が定めるのは、『日本に特別の功労のある外国人』です」

「政府は、リツ氏のどのような行為を『特別の功労』と判断したのですか?」


 法務大臣は答える。


「リツ氏は、ツクシノ側の女性が亡くなった際、双方の間に極めて緊張した状況が生じる中、日本側とツクシノ側との関係を繋ぐ上で大きな役割を果たしました」

「政府は、その功績を重く評価しています」


「それを『日本に特別の功労がある』と認定するのですか?」


「はい。そのように判断しています」


『それだけで国籍を与えるのか!』

『第9条の拡大解釈じゃないのか!』

『特別扱いだ!』


 再び議場がざわつく。

 質問者は続ける。


「私は、彼女を日本から追い出せと言っているのではありません」

「在留を認め、日本で生活できるようにする。それでは駄目なのですか?」

「なぜ、日本国籍まで与える必要があるのですか?」


『そうだ!』

『説明してください!』


 ヤジが飛び交う。

 藤堂は自席で、そのやり取りを黙って聞いていた。

 やがて、ゆっくりと立ち上がる。

 議長が藤堂を見る。


「内閣総理大臣、藤堂真君」


 藤堂は演壇へ向かった。


『総理、説明になっていないぞ!』

『なぜ彼女だけ特別なんだ!』

『前例をどう考えているんだ!』


 藤堂は演壇に立った。

 そして、議場を見渡す。


「聞いて下さい、皆さん」


『感情論では駄目だ!』

『法的根拠を説明しろ!』

『総理、しっかり答えろ!』


 ヤジは収まらない。

 藤堂は演壇に立ったまま、その声を聞いていた。

 そして、演壇に両手をつく。


「聞いて下さい!!」


 藤堂の声が、議場を震わせた。

 普段、声を荒らげることのない藤堂だった。

 その藤堂の一喝に、飛び交っていたヤジが止まる。

 静寂。

 藤堂は、ゆっくりと議場を見渡した。

 先ほどとは違う、静かな声で話し始める。


「彼女は、この日本で姉を亡くしました」

「まだ若い少女です」

「突然、言葉も文化も違う世界へ来て――」

「そのわずか数日後に、姉を失ったんです」


 議場は静まり返っていた。


「それでも――」


 藤堂は続ける。


「彼女は、日本に残りたいと言っているんです!」

「この国で暮らしたいと、自分の意思でそう言っているんです!」

 

「確かに、前例はありません」

「当然です!」

「別の世界から人が来たことなど、我々の歴史に一度もなかったのですから!」

 

「だからといって、この少女に――」

「『前例がない』という、ただその一言だけを返すのでしょうか」

「この日本で姉を亡くし、それでも日本に残りたいと言った少女に――」

「日本人として迎え入れることはできないと言うのでしょうか」


 藤堂は議員たちを見渡した。


「私は、法律を無視して彼女を日本人にしてほしいと言っているのではありません」

「このために、多くの人間が方法を探してきました」

「そして、その方法がありました」

「それが、国籍法第9条が定める国会承認です」

「ですから、こうして皆さんにお願いしているんです」


 藤堂は一度、言葉を切った。


「最後に決めるのは、私ではありません」

「法務大臣でもありません」

「ここにいる、皆さんです」


 誰からも声は上がらなかった。

 

 先ほどまで飛び交っていたヤジも、完全に消えている。


 藤堂は一礼し演壇を離れた。


    ◇


 質疑が終わり、議長が採決を告げた。


「本件を承認するに賛成の諸君の起立を求めます」


 一斉に、議員たちが立ち上がった。


「……」


 藤堂は、その光景に息を呑む。

 先ほどまでヤジを飛ばしていた議員たちも、立っている。

 座っている者は、誰一人いなかった。


「起立総員。よって、本件は承認されました」


 藤堂はしばらく、その光景を見つめていた。

 そして――。

 何も言わず、議場に向かって深々と頭を下げた。


    ◇


 その後、参議院でも議案は承認された。

 衆参両院による、異例の全会一致だった。


    ◇


 国会議事堂の廊下。

 神谷は藤堂を待っていた。

 しばらくして、藤堂が浅間とともに姿を見せる。


「総理」


 藤堂が足を止めた。


「神谷さん」


 神谷は藤堂へ深く頭を下げる。


「ありがとうございました」

「私は何もしていませんよ」


 藤堂はそう言って、僅かに笑った。


「決めたのは、国会です」

「それでも、ありがとうございました」

「……」


 藤堂は神谷を見る。


「約束、果たせましたね」


「はい!」


 神谷は大きく頷いた。

 藤堂と浅間が廊下を歩いていく。

 その背中を見送った神谷は、携帯電話を取り出した。

 画面を操作し、耳に当てる。


「……」


 数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。


「水城さん、神谷です」

「両院で承認されました。すぐ報告へ行って下さい」

「……」


 電話の向こうから返ってきた言葉に、神谷は少し驚いた顔をする。


「え、目の前にいるんですか」


 神谷は笑う。


「はい、はい。それではそちらへ戻ります」


 電話を切った。


    ◇


 ひよりは携帯電話を耳から離した。

 目の前には、リツがいる。


『リツ』

『何?』

『一緒にいられるよ』


 リツは一瞬、目を見開いた。


『ほんとか!』

『うん、本当だよ』


 そう言って、2人は抱き合った。

残り4話。

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