第七十四話 終了
2027年4月3日(土) 13:21
辺りには、砕けた氷の欠片が光の粒のように漂っていた。
日の光を受け、きらきらと輝いている。
だが、それも長くは続かなかった。
1つ、また1つと消えていく。
カガリは、葬送が終わったことを確認するとゆっくりと刀を鞘に納めた。
「……」
藤堂はその光景に何も言えなかった。
誰も、言葉を発しない。
ただ、目の前の幻想的な光景に見入っていた。
セオが横たわっていた場所には、1振りの刀だけが残されている。
やがて、ヤシロがカガリのそばへ歩み寄った。
『ありがとうございました』
『うむ』
カガリは手にしていた刀をヤシロへ返した。
ヤシロはそれを受け取り、静かに腰へ戻す。
カガリは、足元に残された刀へ目を向けた。
そして一歩寄ると、鞘を手にして拾い上げる。
『リツ』
『はい』
呼ばれたリツが、カガリの前へ歩いていく。
カガリは手にした刀を差し出した。
『姉の刀じゃ』
『……』
リツは差し出された刀を見る。
姉が、いつも腰に下げていた刀。
リツはゆっくり両手を差し出して、それを受け取った。
『……ありがとうございます』
『うむ』
リツは胸元へ抱くようにして、刀を握る。
しばらくそうしていたリツが、藤堂へ顔を向けた。
『藤堂さん』
ひよりが訳すより先に、藤堂もリツを見る。
『たくさんのお花、ありがとう。セオ姉も喜んでいると思う』
ひよりがその言葉を伝える。
「いえ……そう思っていただければ、準備した甲斐があります」
藤堂は静かに頭を下げた。
しばらくして、カガリが口を開く。
『藤堂、おぬしにこれをやる』
そう言うと、カガリは懐から何かを取り出した。
それは、1振りの短刀だった。
『いい刀を見せてくれた礼じゃ』
そう言って、カガリは笑う。
「よろしいのですか?」
『構わぬ』
「それでは、ありがたく頂戴します」
藤堂は差し出された短刀を受け取った。
『うむ。それじゃ、今日はもう帰るのじゃ』
ひよりが訳す。
「分かりました」
藤堂が頷く。
『それじゃ藤堂よ、帰る日が決まればまた連絡するのじゃ』
そう言うとカガリは船に向かって歩き出した。
「お待ちしています」
藤堂はその背中に向けて答える。
ナギとヤシロは藤堂たちに軽く会釈をすると、カガリの後に続く。
リツは藤堂に深くお辞儀をしてから、カガリたちを追いかけた。
「それでは総理、私たちも島までお送りします」
神谷が言った。
「お願いします」
藤堂は頷く。
神谷とひよりも一礼し、カガリたちの後を追った。
やがて全員が乗り込むと、船はゆっくりと岸を離れていく。
藤堂たちは、その姿が遠ざかっていくのを見送った。
「ふう……」
藤堂が短く息を吐く。
「……終わりましたね」
「……そうですね」
隣に立つ浅間が答えた。
藤堂はもう一度、遠ざかる船へ目を向ける。
そして周囲を見渡すと、大きな声で告げた。
「会談は終了しました! 除染及び撤収にかかってください!」
その声を合図に、待機していた職員たちが一斉に動き始めた。
◇
2027年4月3日(土) 14:08
『続いて、本日行われた政府と島側との会談についてです』
画面が切り替わる。
『政府は本日、大阪湾に出現した島の住民4人を招き、初めてとなる正式な会談を行いました』
会談会場へ入ってくる4人の映像が流れる。
『会談には日本側から藤堂総理をはじめ、政府関係者が出席しました』
『政府によりますと、会談は通訳を介して行われ、今後の関係について意見が交わされたということです』
4人が席へ向かい、それぞれ着席する。
『政府は、島側の出席者の氏名や立場、会談の詳しい内容については、現時点では明らかにしていません』
映像はスタジオへ戻った。
『今回、初めて島側の4人の姿が公開されたわけですが、どのようにご覧になりましたか?』
『そうですね……』
解説者は少し考える。
『映像を見る限り、年端もいかない少女もいます。どういった立場の人たちなのか、正直なところ、なんとも言えません』
『政府は、このあと記者会見を開き、今回の会談について説明する予定です』
◇
大阪市内。
街頭の大型ビジョンにも、先ほどの会談の映像が流れていた。
「すごい……本当に人間だったんだ」
足を止めていた男性が、画面を見上げながら呟く。
「普通に俺たちと変わらないな」
「でも、あの女の子は何なんだろう」
別の男性が、先頭を歩く小柄な少女を指さした。
「子供にしか見えないよな」
「会談に出てるくらいだから、何かあるんじゃない?」
少し離れたところでは、2人の若い女性が画面を見ていた。
「ねえ、あの若い男の人、かっこよくない?」
「あ、分かる。背高い人でしょ?」
「そうそう」
「私はその隣の人の方がいいかな」
「えー、そっち? おじさんじゃん」
◇
ネット上では、公開された映像をめぐって、すでに大量の書き込みが飛び交っていた。
『異世界幼女キターーーーー!!!』
『なんだよ、あのちっちゃい子www』
『マジで子供にしか見えない』
『実は300歳とかあるぞ』
『なんであの子が会談に出てるんだ?』
『しかも先頭歩いてなかった?』
『先頭ってことは偉い人?』
『いや、さすがにそれはないだろ』
『でも総理との会談に出てるんだぞ』
『名前は?』
『まだ発表されてない』
『年齢も?』
『分からん』
『政府はよ』
『俺はもう1人の女の子がいい』
『分かる』
『あの子かわいいよな』
『いや若い男だろ』
『イケメン枠までいるのかよw』
『おじさんもいるぞ』
『全員普通に人間にしか見えないんだけど』
『それが一番すごい』
『ほんとに別世界の人間なのか?』
『大阪湾に空から島が落ちてきた時点で何でもありだろ』
映像は切り抜かれ、拡散されていく。
名前も、年齢も、立場も分からない。
それでも4人の姿は、日本中――いや、世界中へ瞬く間に広がっていった。
◇
2027年4月3日(土) 17:00
大阪府庁。
藤堂は記者会見場の演台に立った。
「本日、島の方々との初めての正式な会談を行いました」
「本日の会談では、島側から重要な説明がありました」
藤堂は一度、記者席を見渡した。
「島側は、自分たちが我々とは異なる世界――彼らの言葉では『並行世界』から、この世界の調査を目的として来たと説明しています」
記者席がざわついた。
藤堂はそのまま続ける。
「また、この世界にも人々の暮らしがあり、自分たちとは異なる文化が存在することを確認したとして、近く元の世界へ戻る意向を示しています」
「ただ、大阪上空に出現した際、そのまま降下すれば都市に甚大な被害を与える可能性があったため、残っていた力を使い、島を現在の大阪湾まで移動させたとのことです」
「その影響により、帰還までには数日を要するとの説明を受けています」
会場のざわめきが、さらに大きくなる。
藤堂は少し間を置いた。
「また、先日死亡が確認された島の住民の女性について、本日、島側への引き渡しを行いました」
「今回の会談は、双方にとって有意義なものになったと考えています」
藤堂は記者席を見渡す。
「なお、会談に参加した4人の詳細については、公表を差し控えさせていただきます」
「私からの説明は以上です」
その後、質疑応答に移った。
並行世界とは何なのか。
島を移動させたという力とは何なのか。
島には何人が暮らしているのか。
公開された4人は、いったい何者なのか。
質問は途切れることなく続いた。
だが、政府から新たな情報が明らかにされることはなく会見は終了した。




