第七十三話 葬送
2027年4月3日(土) 12:00
会談会場。
会場内では、テレビ局1社と新聞社1社が、会談の始まりを待っていた。
取材が許されているのは、会談冒頭のわずかな時間だけだ。
並べられた椅子の前には、テレビカメラが1台。
その少し後ろには、カメラを手にした新聞記者たちの姿がある。
その中に――相沢の姿もあった。
相沢は、閉じられた扉を見つめていた。
間もなく、あの島の人間がここへ来る。
記者になってから、これほど扉が開くのを待ち遠しいと思ったことはない。
やがて、扉が開いた。
最初に姿を見せたのは藤堂だった。
その後ろに浅間、神谷、ひよりが続く。
そして――。
相沢は、その後ろから入ってきた人物を見て目を疑った。
小さな少女だった。
(なんで、あんな子供が……)
さらにその後ろには、若い青年と男、そしてもう1人少女が続いている。
それぞれが用意された席へ向かう。
そして小さな少女――カガリは、藤堂の正面に用意された席へ座った。
(……あの子が、代表なのか?)
相沢は思わずカガリを見つめる。
浅間が報道陣の前へ出た。
「それでは、この状態で撮影をお願いします。撮影終了後、報道関係者の皆さまはご退席願います」
一斉にシャッター音が鳴り始めた。
藤堂とカガリ。
日本とツクシノ、それぞれの代表が向かい合う姿を、カメラが次々と収めていく。
やがて浅間が時計を見る。
「それでは、報道関係者の皆さまはご退席願います」
報道陣が機材を手に、次々と会場を出ていく。
相沢も最後にもう一度カガリへ目を向け、扉の外へ出た。
扉が閉まる。
「なんなんだあれは、訳がわからないぞ……」
相沢はそう言い残し、廊下を歩いていった。
◇
扉が閉まった。
会場からシャッター音が消えた。
藤堂は正面に座るカガリを見る。
「まず、この会談を承諾していただき、ありがとうございます」
ひよりが藤堂の言葉を伝える。
「我々はあなたたちのことを知らない。そして、あなたたちも我々のことを知らない」
「今日の会談が、お互いを知るきっかけになれば嬉しく思います」
『我々もおぬし達と話をしたかったのじゃ、だからよろしく頼む』
ひよりがカガリの言葉を藤堂へ伝える。
藤堂は一度座り直し、カガリを見る。
「まず、この世界に来た理由は?」
『それは――』
『それについては、私から説明します』
ナギが口を開いた。
『わが国ではいろいろな研究を行っています』
『その中で、並行世界があるということが確認されました』
「……並行世界ですか」
『はい。それがあなた方のこの世界です』
『その並行世界の調査のためにやって来ました』
「あなたたちは軍属だと聞いています。なぜ軍属がここへ?」
『向かう世界が危険という可能性もあるので、我々が派遣されました』
「では、戻る予定はあるということですか?」
『はい、ただ……』
ナギは少し間を置いた。
『島が現れた場所は、都市の上空でした』
『そのまま降ろすわけにはいかなかったため、残っている力を使って海まで移動させました』
「……」
『その結果、力の回復にしばらくかかる状態です』
「しばらくとは?」
『あと、太陽が5回ほど昇るくらいでしょうか』
「5日ということですね。それじゃ、その後は?」
『はい。この世界にも人々の暮らしがあり、我々とは異なる文化があることを確認できました』
『そのことを本国へ報告するため、我々は戻ります』
その言葉に、ひよりがリツを見る。
リツもまた、ひよりを見ていた。
「ちなみに、その力とは?」
『申し訳ありません。それは国家機密になりますので、お話しできません』
「そうですか……分かりました」
藤堂はそれ以上追及しなかった。
「水や食料など、困っていることがあればこちらで用意いたします」
『ありがとうございます。その時は甘えさせていただきます』
ナギは礼を言った。
「それと……セオ氏についてですが」
その名前が出た瞬間、リツが藤堂を見る。
端に座るヤシロも、それまでとは違う表情を見せた。
「事前に侵入者を防ぐことができず、申し訳ありませんでした」
ひよりが藤堂の言葉を伝える。
『かまわん。死んだのはあいつが弱かったからじゃ』
カガリがつぶやく。
その言葉を聞いた瞬間、ひよりの頭に血が上った。
と同時に、部屋の温度が突然下がった。
『大隊長……』
それまで黙っていたヤシロが声を上げた。
その周囲から冷気が漏れ出す。
『……セオは弱くはありません』
ヤシロがカガリを見る。
『敵を前に、武器を抜かずに立てる強いやつです』
『……』
カガリは何も言わなかった。
『大隊長、今のは大隊長が悪いです』
ナギが静かに言う。
カガリはナギを見る。
そして、ヤシロへ目を向けた。
『……すまぬ。今のはわらわが悪かった。だから、そんな怖い顔をするな』
『いえ、私こそすみませんでした』
そう言うと、室温が元に戻った。
「……」
しばらくして、藤堂が口を開く。
「セオ氏の遺体を引き渡す準備は整っています。どうされますか?」
ひよりがその言葉を伝える。
『今から行くのじゃ』
カガリが答えた。
「分かりました。ご案内します」
◇
一行は一度控え室へ戻り、預けていた武器を受け取った。
カガリの大剣を固定していた鎖も外される。
それから藤堂たちは、セオが安置されている建物へ向かった。
セオの遺体は、会談会場の外に設けられた仮設の建物に安置されていた。
建物の前まで来ると、藤堂はリツに前を譲った。
リツが扉の前に立つ。
そして、ゆっくりと扉を開けた。
『……』
部屋一面を、たくさんの花が埋め尽くしていた。
赤、白、黄色――色とりどりの花が、まるで絨毯のように敷き詰められている。
その中央に、セオが横たわっている。
リツはゆっくりと、そのそばまで歩いていく。
『遅くなったね、セオ姉……』
その後ろから、カガリたちも部屋へ入ってくる。
カガリが辺りを見回した。
『……ちと暗いな』
その言葉を聞いたナギが、藤堂を見る。
『藤堂さん、この建物壊してもいいですか?』
ひよりから訳を聞いた藤堂は、一瞬意味が分からずナギを見る。
「……構いませんが」
その言葉と同時に――。
轟音とともに、壁と天井が吹き飛んだ。
「……!」
藤堂たちが呆然とする中、ナギは刀を鞘へ戻す。
遮るもののなくなった空から、日の光が降り注いだ。
色とりどりの花が光を受け、鮮やかに輝く。
その中央で、セオの姿も日の光に照らされていた。
『うむ! 花がキレイなのじゃ』
カガリは満足そうに頷く。
そしてセオの傍らまで歩いていき、静かにしゃがみ込んだ。
『……』
カガリが何かをつぶやく。
ひよりにも聞き取れないほど、小さな声だった。
やがてカガリは立ち上がり、皆へ向き直る。
『皆、別れの挨拶をするのじゃ』
ナギがセオのそばへ歩いていく。
静かに膝をつき、別れを告げた。
続いてヤシロがセオの前に立つ。
しばらく何も言わずその顔を見つめ、最後に短く言葉をかけた。
そして、神谷の番になった。
神谷はセオの前に立つ。
「……セオさん、ありがとうございました」
深く頭を下げた。
次に、ひよりがセオのそばへ歩いていく。
『セオ、私ね……』
『友達を作るのは上手だけど、今まで親友と呼べる人はいなかった』
『でも、セオとは親友になれる気がしてた』
涙が溢れる。
『……ううん、私は親友だと思ってた』
『セオ、私の初めての親友になってくれてありがとう……』
『だから、またね!』
ひよりは涙を浮かべながら笑って振り返った。
最後に、リツがセオのそばへ歩いていった。
『セオ姉……』
リツは横たわる姉を見る。
『いつも私の前を歩いて、優しく手を引いてくれたよね』
『そんなセオ姉が大好きで誇らしかった』
『私、セオ姉みたいな人になりたい』
『そうなるように努力するね……』
『だから次会った時は、いっぱい……いっぱい……話を聞いてね……』
リツの頬を涙が伝う。
その姿を見ていたひよりが、そっとリツを抱きしめた。
『……』
リツは何も言わず、その腕に身体を預ける。
しばらくして、カガリがセオのそばへ歩いていった。
『ヤシロ』
『はっ』
ヤシロは自らの刀を腰から外し、カガリへ差し出した。
カガリがそれを受け取る。
『皆さん、下がってください』
ナギが声をかける。
ひよりがその言葉を藤堂たちへ伝えた。
全員が、敷き詰められた花の外まで下がっていく。
カガリはそれを確認し、ヤシロから受け取った刀を静かに鞘から抜いた。
冷気が広がる。
先ほどヤシロが見せたものとは比べものにならない。
吐く息が白く変わり、辺りの空気が凍りつくように冷えていく。
カガリは刀を両手で握る。
そして――。
『――――!!』
雄叫びとともに、セオへ刀を突き立てた。
その瞬間――。
白い冷気が一気に広がった。
セオが凍る。
その身体を囲んでいた花々も。
白い霜が花びらを這い、鮮やかな色が氷の中へ閉じ込められていく。
一面すべてが、瞬く間に氷に覆われていく。
日の光を受け、凍りついた無数の花が輝いた。
そして、カガリはゆっくりと刀を引き抜く。
次の瞬間――。
セオも。
その周りを埋め尽くしていた花も。
音もなく、粉々に砕けた。
無数の欠片が日の光を受けながら宙を舞う。
そして――消えていった。
――――彼方へ。
第四部 完
第四部『別れ』を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セオとの別れ、リツとの出会い、そして島との初めての会談までを描いた第四部でした。
次回から、物語はいよいよ最終部へ入ります。
最後まで見届けていただけましたら幸いです。
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