第七十話 前日
2027年4月2日(金) 08:36
総理官邸、対策室。
「総理、島側代表者の上陸について、法務省から方針がまとまりました」
「お願いします」
藤堂が資料から顔を上げる。
「結論から申し上げます。新たな法律は作りません。現行の入管法で対応します」
「できるのですか?」
「通常の運用では難しいです。しかし、上陸特別許可を前提として手続きを行えば、対応できると判断しました」
「上陸特別許可……」
「はい。通常の上陸条件を満たしていない場合でも、法務大臣が特別に上陸を許可すべき事情があると認めれば、上陸を許可することができます」
「しかし、前回の話では、その前にいくつもの手続きが必要だと」
「その点についても検討しました」
法務担当は手元の資料を開く。
「必要な手続きそのものを省略することはできません。ただし、島側に日本語の書類を作成してもらう必要はありません。必要な書類と記録は、すべてこちらで準備します」
「彼らには何をしてもらうのですか?」
「日本へ上陸する意思があることを確認します。それ以外の手続きについては、入管職員を現地に配置し、可能な限り日本側で進めます」
「旅券は?」
「ありません。それを含めて上陸条件を満たしていないため、最終的に上陸特別許可で処理します」
「査証も同じですか?」
「はい」
藤堂は少し考える。
「つまり、彼らに日本の制度を理解して手続きをしてもらうのではなく、日本側が必要な手続きを整える」
「はい。ただし、本人の意思確認だけは必要です」
「分かりました」
藤堂は頷いた。
「それで行きましょう」
浅間が手元の資料へ目を落とす。
「総理、もう一点あります」
「何でしょう?」
「会談について、日本だけではなく、世界中の新聞社、テレビ各社から取材の申し込みが入っています」
「世界中からですか……」
「はい。特に海外メディアからの問い合わせが急増しています」
「すべて受け入れることはできませんね」
「不可能です。警備上の問題もありますし、会場の広さにも限りがあります」
「そうですね……」
「そこで、代表取材にしてはいかがでしょうか」
「代表取材?」
「はい。会談の冒頭のみ、代表のカメラと記者を入れます。撮影した映像と取材内容は、国内外の報道機関へ提供します」
「どこが代表になりますか?」
「映像撮影はNHKに依頼します。新聞社については、各社で協議のうえ、代表1社を選んでもらう方向で調整します」
「それなら公平ですね」
「分かりました。それでお願いします」
藤堂は少し考える。
「セオ氏の遺体の引き渡しについては?」
「取材は一切入れません」
「そうしてください」
浅間が頷いた。
「次に、当日の警備と検疫についてです」
担当者が資料を開く。
「会談会場については、陰圧管理ができるよう設備を整えています」
「外部への空気の流出は?」
「可能な限り抑えます。排気についてもフィルターを通して処理します」
「警備にあたる人員については?」
「会場周辺に配置する警察官には、防護マスクと手袋を着用させます」
担当者は続ける。
「また、退出経路には除染所を設置します。日本側の会談出席者、警備担当者、報道関係者を含め、会場へ入場した者全員に、退出時には着用していた衣服をすべて脱いでもらいます」
「その後は?」
「身体の洗浄と消毒を行い、新しい衣服に着替えてもらいます」
「脱いだ衣服は?」
「すべて密封し、焼却処分します」
「持ち込んだ機材については?」
「消毒可能なものは除染したうえで搬出します。それが難しいものについては、密封して一時保管します」
「これらの措置については、事前に通達します」
「分かりました」
藤堂が頷く。
「島側の代表者の移動については?」
「海上保安庁の巡視船を使用します。神谷氏と水城氏も同乗し、島まで迎えに行く予定です」
「お願いします」
「それと、総理。もう一点あります」
浅間が資料をめくる。
「島側では、公式の挨拶は握手ではなく、互いの刀を見せ合うのが礼式だそうです。どうしますか?」
「刀を……」
藤堂は少し考える。
「こちらも、その礼式に合わせましょう」
「刀を用意しますか?」
「いえ」
藤堂は首を横に振る。
「私の家に伝わる刀があります。それを持っていきます。必要な手続きをお願いします」
「分かりました。警察とも調整します」
藤堂は机の上に並べられた資料へ目を落とした。
「最後に、会談についてです」
室内の視線が藤堂へ集まる。
「今回の会談で、こちらから確認することを整理しておきましょう」
浅間が口を開く。
「まず、ツクシノという国について。そして、あの島が日本へ来た目的です」
「はい」
「神谷氏の報告では、ヤシロ氏は目的を知らされていませんでした。先方の大隊長であれば、何らかの説明を受けている可能性があります」
「そこは確認しましょう」
藤堂が頷く。
「それから、元の世界へ帰ることができるのか」
「重要ですね」
「帰ることができるのであれば、いつ帰る予定なのか。それまで日本にどの程度の期間滞在するつもりなのかも確認する必要があります」
「今後の連絡方法についても決めておく必要があります」
「そうですね」
藤堂は少し考える。
「島の法的な扱いについては?」
「今回は触れない方がよろしいかと」
浅間が答える。
「現時点では、相手の国についても、島がどのような立場にあるのかについても、分からないことが多すぎます」
「私もそう思います」
藤堂は資料を閉じた。
「今回の会談で、何か結論を出そうとは考えません」
室内を見渡す。
「まず、彼らのことを知る。そして、私たちのことも知ってもらう」
「今後も話し合うことのできる関係を作ることを、最優先にしましょう」
浅間が頷く。
「分かりました」
藤堂は一度視線を落とし、静かに続けた。
「それと、セオ氏のことについては、私から直接お話しします」
「分かりました」
藤堂は時計を見る。
「私は今夜中に大阪へ移動します」
◇
2027年4月2日(金) 20:43
大阪府庁。
「総理、お疲れさまです」
「高城くんも」
「いえ。会場の設営は今晩中に終わります。警備体制については、該当地域に今夜0時から立ち入り規制をかけるよう、府警と調整済みです」
「急なことで、苦労をかけました」
「いえ、私たちはできることをするだけです」
高城は少し間を置いた。
「総理」
「何でしょう?」
「島側の人間というのは、どのような人なんですか?」
藤堂は少し考える。
「申し訳ない。詳しくは話せませんが、現状では悪い人達とは感じません」
「対話はできる相手だと思っています」
「分かりました」
高城は頷いた。
「ご武運を」
「ありがとう」




