第六十六話 軍隊
2027年3月30日(火) 15:27
神谷は船上から、岸にいる2人を見ていた。
ひよりとリツが、楽しそうに何かを話している。
どうやら、良い関係が築けているようだ。
不意に、ひよりがこちらを見た。
「神谷さーん!」
大きく手を振る。
「こちらに来てくださーい!」
「……え、いきなりですか」
神谷は小さく呟いた。
そして、立ち上がり、ネクタイを締め直す。
「岸につけてください」
◇
「水城さん、通訳をお願いします」
ひよりが頷く。
神谷はリツへ向き直った。
「はじめまして。日本国外務省の神谷直人と申します」
そう言って、頭を下げる。
リツは腰に差していた刀を鞘ごと外し、片手で神谷の前へ差し出した。
そして、何かを答えた。
ひよりが戸惑っている。
「水城さん?」
「あ、すいません」
ひよりはリツを見る。
『リツ、もう一度お願い』
リツが同じ言葉を繰り返す。
ひよりは神谷へ向き直った。
「神谷さん」
「はい」
「ツクシノ辺境方面軍、第三大隊――」
一度、言葉を切る。
「第三中隊、ヤシロ小隊所属、リツ……だそうです」
神谷の表情が変わった。
「……軍隊ですか?」
ひよりが訳す。
『そうだ』
「……」
神谷は改めてリツを見る。
どう見ても、まだ少女だった。
「失礼ですが、リツさんはおいくつですか?」
『?』
リツが首を傾げる。
ひよりは少し考えた。
『生まれてから、どれくらい経つの?』
『そんなの分からない』
「……分からない?」
リツが頷く。
神谷は一瞬、考え込んだ。
「えーと、それじゃ、ここにはリツさん以外に何人いらっしゃるんですか?」
『110人か、120人くらいいるぞ』
「……そんなに」
神谷は島へ視線を向けた。
「それじゃ、ここは……?」
『辺境方面軍、第17駐屯地。私たちは島って呼んでる』
「第17駐屯地……」
神谷は再び島を見る。
「……まいったな」
小さく呟いた。
「それじゃ、セオさんも同じく軍属で?」
『そうだ。セオ姉と私は同じ小隊だった』
「日本にやってきた理由は分かりますか?」
『分からない』
リツは首を振った。
『言葉に長けたセオ姉が、こちらとの交渉役だとだけ聞いていた』
「今回の任務の目的について、指揮官から何か聞いていませんか?」
『聞いていない』
「そうですか」
神谷は少し考えた。
「セオさんのこともあります。一度、指揮官の方とお話ししたいのですが……」
リツの表情が変わった。
『……それは、やめた方がいい』
「……?」
『でも、私の隊長となら大丈夫だと思う』
「分かりました。それでお願いします」
『分かった。呼んでくる』
リツが立ち上がる。
『ひよ姉、ちょっと待ってて』
『うん』
リツは森の方へ駆けていった。
その後ろ姿を、2人は黙って見送る。
「……水城さん」
「はい」
「軍隊でしたね」
「……軍隊でしたね」
神谷は島へ視線を戻した。
◇
しばらく待っていると、ひよりが両腕を擦った。
「……なんか、冷えません?」
「そうですね。急にどうしたんでしょう」
風が吹いたわけではない。
それでも、先ほどまでとは明らかに空気が違っていた。
神谷が辺りを見回す。
そのとき、森の向こうから人影が現れた。
先頭を歩いているのはリツだった。
その隣に、無精髭を生やした男。
40歳くらいだろうか。
その後ろを女が1人、さらに男女2人が続いている。
5人は神谷たちの方へ歩いてきた。
やがて、後ろの3人が少し離れた場所で足を止める。
リツと無精髭の男だけが、そのまま神谷たちの前までやってきた。
リツが、ひよりの様子に気づく。
ひよりは両腕を抱くようにして、寒そうにしていた。
『隊長! 抑えてください』
『ああ、悪い』
無精髭の男が答える。
『こいつらのせいでセオが死んだと思ったら、ついな』
『説明したとおり、ひよ姉たちは悪くないです!』
『……ひよ姉?』
男が、ひよりを見る。
『そうか。あんたがひよりか』
『……はい』
しばらく、その顔を見つめた。
『悪かったな』
その瞬間、周囲を包んでいた冷気が消えた。
空気が、元の温度へ戻っていく。
神谷は目の前の男へ向き直った。
「はじめまして。日本国外務省、神谷直人です」
男は腰に差していた刀を鞘ごと外し、両手で神谷の前へ差し出した。
『ツクシノ辺境方面軍、第三大隊、第三中隊、ヤシロ小隊、ヤシロだ』
お互いに挨拶を交わす。
「リツさんにも聞いたのですが、ヤシロさんにも聞きたいことがあります。よろしいですか?」
神谷はヤシロを見る。
『かまわねぇ。俺が答えられることなら』
ヤシロも神谷を見返す。
「今回、日本へ来た目的について伺えますか?」
『聞いてねぇ』
「知らない?」
『俺たち小隊長までは知らされてねぇ』
「そうですか」
「ツクシノというのは、国の名前ですか?」
『そうだ』
「では、この島も元々ツクシノに?」
『そうなる』
「ツクシノは、どこにあるんですか?」
『アシハラだ』
「アシハラ?」
『俺たちの世界だ』
「……世界」
神谷はその言葉を繰り返した。
「日本に対して、敵対する意思はありますか?」
『少なくとも、俺はそんな命令は受けてねぇ』
神谷は一度頷いた。
「それと、こちらに上陸して戻ってきていない4人は?」
『その4人は、こちらで埋葬した』
「……分かりました」
「それと、先ほどリツさんに年齢を伺ったのですが、質問の意味が伝わりませんでした」
『年齢?』
「こちらでは、生まれてからどれくらい経ったかで年齢を数えます。そういった考え方はないのでしょうか?」
『俺たちの国じゃ、生きた長さは関係ねぇ』
「では、大人と子供はどう区別するんですか?」
『国が認めたら大人だ』
「国が……?」
『そうだ』
神谷は、それ以上は聞かなかった。
「今後も、こちらへ伺ってよろしいでしょうか?」
『構わん』
「ありがとうございます」
「それと、セオさんの遺体についてなんですが……」
ヤシロの表情がわずかに変わった。
「こちらは、いつでも引き渡せる準備ができています」
『そうか』
ヤシロは神谷を見る。
『セオのことなんだが、いいか?』
「……はい」
『あいつは、あの男たちを助けようとしたんだ……』
「どういうことですか?」
神谷は慌てて聞き返す。
『あの男たちが島に侵入してきてな、戦闘になった』
『こっちも怪我人を出してな』
『もう、やっちまおうと思った時、セオが投降させるって言って、俺は任せちまった……』
ヤシロは目を伏せた。
神谷は何も言えなかった。
伏せた目が上を向く。
『投降を呼びかける相手を殺すのが、お前たちの国のやり方なのか?』
「いえ……決してそのようなことは……」
神谷はそれ以上の言葉が出なかった。
『まぁ、色んな奴がいる。これ以上とやかく言うつもりはねぇが……』
ヤシロは神谷を見る。
『セオは死なせちゃいけなかった……』
『これは俺の責任でもある。だが、あんたたちの責任でもある。忘れねぇでくれ』
「決して……忘れません」
神谷はヤシロの目を見て答えた。
ヤシロは隣にいたリツの頭に手を置く。
『だから、神谷さん……』
そのまま、リツの頭をぐりぐりと撫で回す。
『コイツにも何かあればなぁ』
『俺はこの国を潰すぜ……』
『隊長!』
リツが抗議するように声を上げる。
神谷は迷わず答える。
「分かりました――」
まっすぐヤシロを見る。
「絶対にそんなことはさせません!」
ヤシロはその言葉に口元を緩める。
『あぁ、頼んだ……』
リツの頭から手を離した。
『セオの件に関しては、ちょっと時間をくれ。俺だけじゃ決められない』
「できればその際に、わが国の代表と、そちらの指揮官の方との面会もお願いしたいのですが」
『そうか……』
少し悩んだ顔をする。
『分かった。話を通してみる……』
「ありがとうございます」
神谷は礼をする。
◇
船はゆっくりと島を離れていく。
神谷はしばらく、遠ざかっていく岸を見ていた。
「水城さん」
「はい」
「セオさんは……島に侵入した人たちを助けようとしたんですね」
「……はい、セオらしいです」
ひよりは俯いた。
「……」
神谷は何も言わず、もう一度島を見た。




