第五十八話 別れ
2027年3月24日(水) 22:06
ドンッ――!
大きな音が、官邸対策室に響いた。
藤堂が両手で机を叩いていた。
室内にいた誰もが動きを止める。
浅間も、何も言わなかった。
藤堂は俯いたまま、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「……生存者は、港に到着次第すぐに搬送してください」
声は、いつもの藤堂に戻っていた。
「必ず生かしてください」
「はい」
「セオ氏の遺体は……丁重に扱い、保管をお願いします」
「承知しました」
藤堂は椅子に腰を下ろした。
「それで――」
一度、息を吐く。
「警察は、どう動きますか」
警察庁の担当者が口を開いた。
「大阪府警を中心に、直ちに捜査体制を整えます。セオ氏の死亡については、殺人事件の可能性を視野に捜査することになります」
「殺人事件として、捜査できるのですか」
「現時点では、セオ氏がどこで銃撃されたのか分かっていません。遺体が発見されたのは大阪湾内です。島内で銃撃されたのか、海上で銃撃されたのか。それも含めて調べる必要があります」
法務省の担当者が続ける。
「仮に島内で発生した事件であった場合、日本の刑事司法権がどこまで及ぶのかについては、島の法的地位を含め整理が必要になります」
「では、海上だった場合は?」
「日本の領域内での殺害であれば、殺人事件として捜査、立件することは可能です」
「まだ、どちらか分からない」
「はい」
「なら、調べるしかありませんね」
藤堂は警察庁の担当者を見る。
「必要な捜査体制を、すぐに整えてください。警察庁も全面的に支援をお願いします」
「承知しました」
「それと、外国人が関わっている可能性があります。公安、外務省にも協力を要請してください」
「はい」
「彼らは立入禁止区域へ侵入し、銃器を所持していた。その点についても捜査できますね」
「もちろんです。身元、侵入経路、銃器の入手経路についても調べます」
「お願いします」
短い沈黙が落ちた。
「セオ氏の遺体については、港への到着後、検視を行います」
「司法解剖は?」
「死因究明のため、必要となる可能性はあります」
藤堂は少し考えた。
「……司法解剖は見送れませんか?」
「しかし、死因の特定には――」
「分かっています」
藤堂は静かに言った。
「今後、セオ氏の遺体を島側へ引き渡すことになるのか、それすらまだ分かりません」
「……」
「そのような状況で、遺体を傷つけることは避けましょう。まずは、遺体を傷つけない方法で可能な限り調べてください」
「……それでは、遺体を傷つけない方法で調べます。その結果を踏まえ、解剖の必要性を検討します」
「セオ氏が身につけていた衣服や所持品については、どうしますか」
「未知の材質が使用されている可能性もあります。研究機関へ回し、材質や構造の解析を――」
「日本政府は追い剥ぎではありません!」
藤堂の声が遮った。
「……」
「事件の捜査に必要な確認はしてください。そのうえで、遺体と一緒に保管をお願いします」
「……承知しました」
藤堂は机の上で両手を組んだ。
「生存者については、治療を最優先してください。事情を聞くのは、医師が可能だと判断してからです」
「はい」
「ただし、身元の確認は急いでください」
藤堂は室内を見渡した。
「5人もの武装した人間が、どうやって大阪湾の立入禁止区域へ入ったのか」
誰も答えない。
「他にいないという保証もありません」
浅間が頷く。
「海上保安庁、警察、防衛省にも警戒強化を要請します」
「お願いします」
ほんの数時間前まで。
日本は、島にいる者たちと関係を築くきっかけを掴んでいた。
しかも、平和的にである。
それが今――
藤堂は目を閉じた。
「……必ず」
浅間が藤堂を見る。
藤堂は目を開いた。
「必ず、何があったのか、突き止めてください」
「はい」
◇
2027年3月24日(水) 22:41
巡視艇が、ゆっくりと岸壁へ近づいていく。
港には、すでに複数の救急車と警察車両が待機していた。
ひよりは、神谷に身体を支えられていた。
その瞳に、光はない。
船が岸壁に接すると、待機していた救急隊員たちが一斉に乗り込んできた。
真っ先に向かったのは、生存した男のもとだった。
救急隊員たちは手早く状態を確認すると、男をストレッチャーへ移す。
そのまま船を降り、待機していた救急車へと運び込んでいった。
扉が閉まる。
間もなく、救急車が港を離れていった。
入れ替わるように、大阪府警の腕章をつけた4人が船へ乗り込んできた。
4人はセオの前まで来ると、足を止めた。
誰からともなく、手を合わせる。
短い黙祷のあと、セオの身体が静かに担架へ移された。
神谷が声をかける。
「どこに運びますか?」
「府警本部です」
「……分かりました」
4人が担架を持ち上げる。
神谷は、隣にいるひよりを見た。
「水城さん」
返事はない。
「セオさんが、もう行きます」
ひよりの瞳が、わずかに動いた。
「……水城さん?」
ほんの少しだけ、その瞳に光が戻った。
ひよりは、担架に横たわるセオを見つめた。
やがて、神谷の腕から離れる。
一歩、また一歩と、ゆっくりセオのもとへ歩いていく。
担架のそばまで来ると、足を止めた。
ひよりは、セオの顔を見つめる。
「……セオ、―――」
再び、ひよりの瞳に涙が溢れた。
4人は静かに一礼すると、担架を運んでいった。
ひよりは、何も言わずにその背中を見つめていた。




