第五十七話 残された者
2027年3月24日(水) 21:40
小型艇の甲板。
セオの身体が横たえられていた。
その傍らで、ひよりは泣き崩れている。
「セオ……セオ……」
何度名前を呼んでも、返事はない。
神谷はその姿を見つめたまま、拳を強く握りしめていた。
爪が食い込み、手のひらから血が滲む。
セオの身体に残る傷を確かめていた医師が、神谷へ顔を向けた。
「……銃創とみられる傷があります」
神谷は唇を引き結び、セオへ視線を落とした。
その時だった。
「神谷さん!」
接触チームの1人が声を上げる。
「森に動きがあります!」
ひよりを除く全員が海岸へ目を向けた。
木々の間から、人影が現れる。
神谷たちは身構えた。
現れたのは、これまで一度も見たことのない少女だった。
セオよりも若い。
凛とした顔立ちをしている。
細身ながら均整の取れた体つきは、どこかセオに似ていた。
だが――。
その右手には、男が1人ぶら下がっていた。
しかも両腕と両脚を失っている。
「……」
神谷たちの視線が、一斉に男へ向く。
少女が何かを言った。
「――。――」
誰にも意味は分からない。
神谷はひよりを見る。
「水城さん……申し訳ないですが、通訳をお願いします」
ひよりは顔を上げた。
涙で濡れた目を少女へ向ける。
「……分かりました」
少女がもう一度話す。
「――」
ひよりは必死に言葉を拾う。
「――?」
「――」
少女が答える。
「――。――」
「……!」
ひよりの顔が歪んだ。
「う……うっ……」
「どうしました?」
神谷が声をかける。
ひよりは口元を押さえながら、途切れ途切れに言葉を絞り出した。
「人……島、入った……」
「……」
「セオ……ずっと……刀、抜かなかった……」
ひよりの声が震える。
「セオは……」
それ以上、言葉は続かなかった。
神谷の拳に、さらに力が入った。
少女が再び何かを話す。
「――。――」
ひよりは涙を拭い、聞き返した。
「――?」
「――」
何度か短いやり取りを交わす。
「神谷さん」
「はい」
「あの人、まだ生きてるそうです」
神谷が少女の右手にぶら下がっている男を見る。
「生きてる……?」
「はい。それと……調べろって言っています」
神谷の表情が変わる。
「水城さん。侵入者は、あの人1人だけか聞いてください」
「分かりました」
ひよりが少女へ問いかける。
「――?」
少女はすぐに答えた。
「――」
「……」
「どうです?」
「5人いたそうです」
「5人……」
ひよりが続ける。
「他は全部……死んだと言っています」
誰も言葉を発しなかった。
神谷は海岸に立つ少女を見る。
「分かりました。そちらに寄りますと伝えてください」
「――」
少女が頷いた。
「寄ってください」
小型艇がゆっくりと海岸へ近づいていく。
距離が縮まり、船体が岸へ寄る。
その時、少女は右手に持っていた男を、何のためらいもなく船へ放った。
「うわっ!」
神谷が咄嗟に受け止める。
次の瞬間、そのまま男と一緒に甲板へ倒れ込んだ。
「神谷さん!」
「大丈夫です!」
神谷が身体を起こす。
少女はそれを確認すると、何事もなかったかのように森へ戻っていく。
神谷はその背中を見つめた。
あの細い身体のどこに、成人男性を片手で放り投げるほどの力があるのか。
「診ます!」
医師が男の傍らへ膝をついた。
すぐに呼吸と脈を確認する。
「生きています。港にすぐ救急車を用意してください!」
「分かりました!」
神谷は男を見る。
「しかし……よく生きていますね」
「これを見てください」
医師が男の四肢へ視線を向ける。
「切断面が凍結しています」
「凍結?」
「はい。これで出血が抑えられているようです」
神谷は切断面を見つめる。
そして、森へ消えていった少女の方角へ目を向けた。
「……」
やがて神谷は、ひよりを見る。
「水城さん」
「……はい」
「セオさんの遺体について、何か言っていましたか?」
ひよりはしばらく黙っていた。
「……何か言っていたかもしれませんが、分かりませんでした」
「分かりました。港へ戻りましょう」
船は岸を離れた。




