第五十六話 壊れた日常
2027年3月24日(水) 20:18
総理官邸、対策室。
島の監視を続けていた職員が、不意にモニターへ顔を近づけた。
「……今の音」
隣の職員も顔を上げる。
数秒後、再び乾いた音が響いた。
「大変です! 島から銃声のような音が聞こえます!」
室内の空気が一変した。
「銃声?」
「映像を確認!」
「マズルフラッシュと思われる光も確認しています!」
藤堂が立ち上がる。
「一発だけか?」
「いえ、断続的に続いています」
「島のどこだ?」
「海岸線の森の中です!」
職員たちが一斉に動き始める。
浅間が藤堂を見る。
「総理、どうしますか?」
「……」
藤堂はモニターに映る島を見つめた。
「……状況が分からないまま、こちらから上陸させることはできない」
数秒、考え込む。
「海上保安庁へ連絡。島周辺の警戒を強化してください。くれぐれも上陸は禁止します」
藤堂は続ける。
「それと、島から出てくる者がいた場合、絶対に逃がさないでください」
「はい」
「接触チームへも連絡してください」
◇
2027年3月24日(水) 20:26
宿泊所。
神谷の携帯電話が鳴った。
「はい、神谷です」
電話の向こうから伝えられる内容に、神谷の表情が次第に険しくなっていく。
「はい……はい……」
ひよりがその様子に気づいた。
「……はい、分かりました」
神谷が電話を切る。
「どうしたんですか?」
「……島で銃声が確認されたそうです」
「え……」
ひよりの表情が変わる。
「セオは!?」
「……分かりません」
「なら、行きますよ、神谷さん!」
「でも、危険かもしれませんよ」
「こんなところで静かに待ってるなんてできません」
「……」
神谷はしばらくひよりを見つめた。
「上陸はできません」
「分かってます」
「……分かりました。行きましょう。私もセオさんが心配です」
神谷が後ろを振り返る。
接触チームが、すでに出発の準備を始めていた。
神谷の話を聞いた時には全員動き始めていた。
その姿を見回し、小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
◇
2027年3月24日(水) 21:31
夜の海を、巡視艇が進んでいた。
その横を、警護に当たる海上保安庁の巡視船が並走している。
神谷は前方に見え始めた島を見つめた。
一刻も早く、セオの無事を確認したかった。
「いつもの岸辺に向かいましょう」
「はい」
ひよりは暗い島を見つめていた。
「……セオ」
やがて巡視艇は、いつもの岸辺へ近づいていく。
「照明を」
船上から強い光が放たれ、暗闇に沈んでいた岸辺を照らした。
誰もいない。
光がゆっくりと海岸線をなぞっていく。
「……いませんね」
神谷が呟く。
その時だった。
「あれ……」
乗員の1人が海面を指差した。
「あそこに何か浮いています」
神谷が目を凝らす。
暗い波間に、何かが浮かんでいる。
「近づいてください」
「はい」
巡視艇がゆっくりと進路を変えた。
波間に浮かぶものが、少しずつ大きくなる。
「……あ」
ひよりが立ち上がった。
「あ……あ……」
「水城さん?」
巡視艇はさらに近づいていく。
波に揺れる物の輪郭が、少しずつはっきりしていく。
見覚えのある衣装。
肩まで伸びた髪。
うつ伏せに浮かび、顔は確認できない。
神谷も気づいた。
「船を寄せて!」
速度を落とし、慎重に近づいていく。
乗員たちが身を乗り出し、波に揺れる身体へ手を伸ばした。
冷たい海水を滴らせながら、その身体がゆっくりと海面から引き上げられる。
甲板へ横たえられ、濡れた髪が床に張りついた。
乗員の1人が身体を仰向けにする。
髪に隠れていた顔が、照明の下に現れた。
「セオ!」
ひよりが駆け寄る。
神谷は、駆け寄ろうとするひよりを咄嗟に身体で制した。
「セオ! セオ!!」
「水城さん、待ってください!」
「でも!」
「まずは……」
「医師に診てもらいます」
そう言って、神谷は奥歯を強く噛み締めた。
ひよりが数歩下がる。
医師がそばに膝をついた。
呼吸を確認する。
頸動脈へ指を当てる。
反応はない。
瞳孔を確認する。
さらに身体の状態を確認する。
衣服の隙間から見える皮膚には、淡い死斑が現れ始めていた。
医師の手が止まった。
短い沈黙。
医師は時計へ目を向けた。
「……21時39分」
「死亡確認――」
「……」
ひよりが医師を見つめる。
医師は目を伏せ、静かに首を振った。
ひよりは甲板に横たわるセオへ視線を戻した。
「……セオ?」
返事はない。
「セオ……?」
ひよりがその場に膝をつく。
「……ねえ」
「……」
「セオ……」
神谷は何も言えず、セオを見つめている。
「…………」
ひよりがゆっくりと首を振った。
「いや……」
もう一度、首を振る。
「いや……いや……」
震える手を、セオへ伸ばす。
「セオ……起きて……」
「……」
「起きてよ……」
返事はない。
ひよりの顔が歪んだ。
「いやあああああああああ!!」
夜の海に、ひよりの叫び声が響いた。
第三部 完
これで、第三部が終わりとなります。
ここまで物語を追いかけてくださった皆さま、本当にありがとうございます。
物語は第四部へと続きます。
第四部では、島と日本の関係が大きく動き、新たな登場人物も加わります。
引き続き『彼方』をお楽しみいただけましたら幸いです。
皆さんの☆やブックマークで作品の評価が上がります。
少しでも面白いと思っていただけましたら、応援してください。
よろしくお願いいたします。




