第五十四話 解析
2027年3月23日(火) 15:13
「だったら辞めます!!」
ひよりの怒鳴り声が廊下に響いた。
神谷が慌てて部屋から顔を出す。
廊下では、ひよりが数人の職員に囲まれていた。
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか」
「絶対渡さないから!!」
「水城さんも落ち着いて。お話聞きますから」
神谷が職員たちの間へ入る。
「何があったんです?」
「セオにもらったペンダントを渡せって言うんです!」
ひよりは胸元のペンダントを両手で握りしめた。
「これを渡すくらいなら、私、このチームを――」
言葉が途切れる。
ひよりの目から涙がこぼれた。
「あー……」
神谷は事情を察した。
そして職員の1人を見る。
「官邸からの指示ですよね?」
「はい」
「私が話をします。官邸へつないでもらえますか?」
◇
総理官邸。
「総理、神谷くんから直接お話ししたいと」
藤堂が顔を上げた。
「分かりました。つないでください」
ほどなくして回線がつながる。
「藤堂です」
『お忙しいところ、すみません。総理』
「どうしました?」
『セオ氏から贈られたペンダントの提出についてなんですが、再考願えないでしょうか』
藤堂はわずかに間を置いた。
「それは、未知の社会からもたらされた初めての物品です。材質も、安全性も分かっていません。政府として解析する必要があります」
『おっしゃることは分かります。ただ、あのペンダントは我々のチームがセオ氏と関係を築いた、その証でもあります』
藤堂は黙って聞いている。
『次の接触の際、水城さんが身につけていなければ、せっかく築いた関係に水を差す可能性もあります』
「……」
『ただ、国として調査が必要なのも理解しています。ですので――』
神谷は一度言葉を切った。
『明日の朝まで。そして、絶対に非破壊で。この2つを条件にお預けするということで、いかがでしょうか』
「……水城さんは、それなら提出していただけるのでしょうか?」
神谷が横を見る。
ひよりは胸元のペンダントを握ったまま、不安そうな表情を浮かべていた。
しばらく考えたあと、ゆっくりと頷く。
『水城さんも了承しています』
「……分かりました」
「では、その条件で進めてください。明日の朝までに返却します」
『ありがとうございます』
◇
通話を終えた神谷は、ひよりへ向き直った。
「はい、水城さん。話はつきました。この方たちに渡してください」
「本当に……大丈夫ですよね?」
「総理が約束しましたから、大丈夫です」
ひよりは胸元のペンダントへ目を落とした。
セオが自分の首にかけてくれたもの。
両手で包み、しばらく見つめる。
「……分かりました」
ゆっくりと首から外した。
そして職員へ差し出す。
「よろしくお願いします」
◇
2027年3月23日(火) 22:16
京都大学。
検査台の上に、ひよりから預かったペンダントが置かれていた。
「CT、出ました」
研究員の1人がモニターを確認する。
「内部は?」
「……分かりません」
「分からない?」
「X線が透過していません」
別の研究員がモニターを覗き込む。
「条件は?」
「変えて何度か試しました。結果は同じです。内部の情報が取れません」
研究員が検査台のペンダントを見る。
大きさから想像するより、明らかに軽い。
「これだけ軽いのに?」
「はい」
「磁気を使った検査は?」
「そちらも試しています。ただ、内部構造を示す情報は得られていません」
「X線でも磁気でも?」
「はい」
しばらく沈黙が続いた。
「……成分分析は?」
「今、出ます」
研究員がモニターへ向き直る。
しばらくして、分析結果が表示された。
「……どうした?」
「分かりません」
「何が?」
「成分です」
研究員は画面を見つめたまま答える。
「既知の物質として同定できません」
「何も?」
「はい」
「装置は?」
「正常です。標準試料では問題ありません」
別の研究員が資料から顔を上げる。
「……もう一度やってくれ」
「分かりました」
◇
2度目の測定結果が表示される。
「どうだ?」
「同じです」
「同定できない?」
「はい」
研究員は検査台のペンダントを見つめた。
「それと、表面の耐傷性についても確認しています」
「どうだった?」
「非破壊で、と厳命されていますので、ごく小さな力しか加えていません。ただ、その範囲では変形も傷も確認されませんでした」
「これだけ軽くて?」
「はい」
研究員が腕を組む。
「他にできることは?」
「非破壊という条件なら、まだいくつかあります」
「全部やろう」
「返却は明日の朝ですよ」
「分かってる」
壁の時計へ目を向ける。
「……今夜は寝られないな」
「最初から寝るつもりだったんですか?」
「……ないな」
再びペンダントへ視線が集まる。
◇
翌朝。
「結局、分かったのは?」
研究員が、並べられた結果へ目を通していく。
「質量と寸法。それから、確認できた範囲では、極めて高い耐傷性を持つ可能性があります」
研究員は黙ってペンダントを見る。
「……一晩やって、それだけか」
「はい」
一晩を費やしても、その正体を突き止めることはできなかった。
◇
2027年3月24日(水) 08:00
総理官邸、対策室。
「京都大学から、ペンダントの解析結果が届きました」
藤堂が資料へ目を落とす。
「結果は?」
「現時点では、構成物質を特定できていません」
藤堂が顔を上げる。
「特定できない?」
「はい。複数の方法で分析を行いましたが、既知の物質として同定できる結果は得られなかったとのことです」
「内部は?」
「X線および磁気を利用した検査を行いましたが、内部構造についても確認できていません」
「……何も分からなかったということですか?」
「質量と寸法、それに非破壊で確認できる範囲では、非常に高い耐傷性を持つことが分かっています。それ以外については、現時点では不明です」
「安全性は?」
「放射線などは検出されていません。確認できた範囲では、人体への明確な危険性も見つかっていません」
「そうですか」
藤堂が資料をめくる。
「非破壊という条件もあり、これ以上の解析には限界があります」
「……分かりました」
藤堂は資料を閉じた。
「とりあえず、ペンダントは水城さん保管でいいでしょう」
「よろしいのですか?」
「約束は今朝まででした。それに、現時点で危険性が確認されていないのであれば、政府が引き続き保管する理由もありません」
◇
2027年3月24日(水) 08:32
宿泊所。
「水城さん」
神谷の声に、ひよりが勢いよく振り返った。
「はい!」
神谷の手には、小さなケースがあった。
「返ってきましたよ」
ひよりがすぐに駆け寄る。
ケースが開かれる。
中には、昨夜預けたペンダントが収められていた。
「傷は?」
「ありません。約束どおり、すべて非破壊で検査されています」
ひよりはペンダントトップをじっと確認する。
表を見て、裏返して、もう一度表を見る。
「……よかったぁ」
ほっと息を吐くと、すぐにペンダントを首にかけた。
神谷がその様子を見ながら笑う。
「これで機嫌直りました?」
「別に怒ってません」
「昨日、辞めるって言ってましたよね?」
「……言ってません」
「言ってましたよ」
「知りません」
そう言って、ひよりは胸元のペンダントに触れながら笑った。




