第五十二話 人間
2027年3月21日(日) 09:17
官邸対策室。
「京都大学から、生体試料の解析結果が届きました」
職員の声に、室内の視線が集まった。
藤堂が顔を上げる。
「結果は?」
「スプーンから採取した、唾液由来とみられる細胞のDNAを解析しました。解析できた範囲では、ヒトゲノムと一致しています」
「……人間ということですか?」
「はい。少なくとも生物学的には、我々と同じホモ・サピエンスです」
室内が静まり返った。
藤堂は何も言わず、モニターへ目を向ける。
そこには昨日撮影された、海岸に立つセオの姿が映っていた。
「他に分かったことは?」
「東アジアの集団に多く見られる特徴を示しており、現在あるデータとの比較では、その中でも日本人集団に比較的近いとのことです」
「日本人?」
「いえ。日本人だと断定できるわけではありません。現在比較できる集団の中では、日本人に近いという意味です」
「……そうですか」
藤堂は再びモニターに映るセオを見つめた。
浅間が口を開く。
「総理。そろそろ国民への説明も必要かと」
藤堂は小さく頷いた。
「そうですね」
少し考え、続ける。
「会見を開きましょう」
◇
2027年3月21日(日) 10:06
東京――東都新聞社。
相沢は自席で、紙コップのコーヒーを口に運んだ。
「……大阪、行きたかったなぁ」
隣の席の同僚が呆れたように見る。
「まだ言ってんのか」
「だって、島だぞ。空から落ちてきた島。記者やってて、こんなのもう一生ないかもしれないだろ」
「行ったところで、規制線の外から海眺めるだけだろ」
「それでも東京にいるよりマシだ」
「はいはい」
相沢は不満そうにもう一口コーヒーを飲んだ。
「絶対なんかあるんだって、あの島」
「そりゃ何かあるだろ。島が空から降ってきたんだから」
「そういう意味じゃなくて――」
その時だった。
「相沢!」
離れた席から声が飛んだ。
「はい!」
「官邸。総理が会見を開く!」
相沢の表情が変わる。
「いつです?」
「14時からだ。行けるか?」
相沢は飲みかけのコーヒーを机に置いた。
「行きます!」
◇
2027年3月21日(日) 14:00
総理官邸、記者会見室。
藤堂は演台の前に立ち、記者席を見渡した。
「まず、17日に大阪湾で起きた事象についてご報告します」
藤堂は手元の資料に目を落とした。
「これまでに確認された負傷者は15名。いずれも軽傷です。死者、重傷者は確認されておりません。また、港湾施設および船舶に一部被害が発生しましたが、いずれも軽微なものです。沿岸部への浸水も確認されておりません」
顔を上げる。
「一時、大きな混乱もありましたが、国民の皆さまには、大きな不安のなかでも冷静に行動していただきました。私からもお礼申し上げます」
一礼してから、藤堂は説明を続けた。
「次に、大阪湾へ着水した大地についてご説明します。政府では、これを『島』と呼称します」
背後のモニターに、大阪湾に浮かぶ島の全景が映し出された。
「島は17日13時01分頃、紋様のおよそ500m上空に出現。その後、大阪湾へ向けて降下し、着水しました」
画面が切り替わる。
「その後、上空に存在していた紋様は消失。現在まで、島自体に動きは確認されていません」
藤堂は一度言葉を切った。
「現在、島の外周から2kmの範囲を、安全が確認されるまで立ち入り禁止区域に指定しています」
記者たちが一斉にメモを取る。
藤堂はしばらくその様子を見ていた。
やがて、再び口を開く。
「そして――」
一瞬の間。
「島に、人間の存在が確認されました」
会見場が大きくざわついた。
「人間?」
「島に人が?」
記者たちの声が飛び交う。
藤堂は何も言わず、ざわめきが収まるのを待った。
「現在、政府の特別チームが接触を続け、意思疎通を図っております」
再び会場がざわついた。
司会が質疑応答へ移ることを告げると、一斉に手が上がった。
指名された記者が立ち上がる。
「総理、人間というのは確認が取れたのでしょうか?」
「はい。採取した生体試料のDNA解析を行い、ヒトであることを確認しています」
「言葉を話すのでしょうか?」
別の記者が続ける。
「言語とみられる発話は確認しています。ただし、既知の言語との一致は現時点で確認されておらず、意思疎通を図るための努力を続けています」
「文化レベルについては?」
「現在、確認、精査を進めています」
「その人物の映像はないのでしょうか?」
「あります」
藤堂は即答した。
「ただし、本人の許可を得ていませんので、公表することはできません」
会場が再びざわつく。
次の記者が指名された。
相沢が立ち上がった。
「東都新聞、相沢です」
藤堂が相沢を見る。
「総理、接触を図っているとのことですが、相手はこちらとの接触を受け入れているのでしょうか」
藤堂は少し間を置いた。
「少なくとも現時点では、接触そのものを拒絶されているとは考えていません」
「では、相手側から何らかの意思表示があったということでしょうか」
「はい。限定的ではありますが、こちらの働きかけに対して反応があることは確認しています」
相沢は小さく頷き、席に戻った。
そして、次々手が上がっていく。




