第四十六話 接触へ
2027年3月17日(水) 17:42
大型モニターに、女性の姿が映し出されていた。
年齢は20代だろうか。
肩まで伸びた髪。整った顔立ち。
細身ながらも均整の取れた体つきをしている。
身につけているのは、日本では見慣れない民族衣装のような服だった。
そして――
何より目を引くものがある。
女性の腰に、一本の刀が携えられていた。
「……刀?」
誰かが呟いた。
藤堂も、その一点を見つめていた。
「武器でしょうか?」
「形状からは、その可能性があります。ただ、映像だけでは断定できません」
「他に人は?」
『現在、確認できているのはこの対象だけです』
女性は海岸に立ったまま、しばらく周囲を見渡していた。
その時、不意に顔を上げた。
視線が、まっすぐカメラへ向けられる。
画面越しに、その視線が藤堂を捉えたように見えた。
一瞬だった。
女性は身を翻すと、そのまま森へ戻っていく。
『対象が森に入っていきます。追尾しますか?』
「いえ、ここまでにしましょう。ご苦労様です」
『了解しました』
映像が途切れた。
対策室に、しばし沈黙が流れる。
「……人、でしたね」
「少なくとも、外見上は人間と極めてよく似ています」
「衣服を身につけ、刀のような物も持っていた」
藤堂は、女性が消えたモニターを見つめた。
「彼女1人だけとは考えにくいですね」
「はい。衣服や刀剣類と思われる物を製造する技術を持った集団が存在する可能性があります」
「つまり、社会がある?」
「その可能性は高くなったと考えます。ただ、現時点で確認できたのは、あの女性1人だけです」
「国家である可能性は?」
「否定できません。しかし、判断するには情報が足りません」
藤堂は小さく頷いた。
「いずれにしても、接触する必要がありますね」
「はい。ただし、問題があります」
「感染症ですか」
「それもあります。外見が人間と同じだからといって、生物学的にも我々と同じとは限りません」
「島の主権も分かっていません」
別の職員が続けた。
「こちらから島へ上陸すれば、相手の領域への侵入と受け取られる可能性があります」
「……」
「ですが、接触を先延ばしにするわけにもいきません」
「なぜです?」
「最初に誰が接触するかという問題があります」
藤堂が顔を上げた。
「あの島に社会が存在するのであれば、最初に公式な接触を行うのは、何としても我が国である必要があります」
「理由は?」
「島は大阪湾内にあります。今後、領有権や外交関係をどう扱うことになるにせよ、最初の窓口を他国に委ねるわけにはいきません」
「他国も接触を求めてくると?」
「この映像が公になれば、間違いなく各国が動きます」
藤堂はしばらく考えた。
「分かりました」
室内を見渡す。
「ファーストコンタクトは、我が国が行います」
「はい」
「ただし、最初は島には上陸しない。まずは海上から接近して、意思疎通を試みましょう」
「海上保安庁の巡視艇を使用するのが適当かと思います」
「巡視船ではなく?」
「はい。必要以上に相手を刺激しないためにも、接触する側は可能な限り小規模にすべきです」
「分かりました。安全確保のための巡視船は離れた場所で待機させてください」
「はい」
「接触する人員は?」
「巡視艇の乗員のほか、外務省から交渉担当者を1名。加えて専門家と医師を1名ずつ乗船させる案を考えています」
「専門家と医師については、必要な分野を検討してください」
「はい」
「人数はそれ以上増やさない方がいいでしょう」
「同意します」
「言葉はどうします?」
「日本語が通じる保証はありません。英語、中国語など複数の言語を準備します。言葉が通じない場合には、図や身振りによる意思疎通も試みます」
「相手は刀と思われる物を持っています」
「警戒は必要ですね」
藤堂は頷いた。
「ただし、こちらから武器を向けることは避けてください」
「はい」
「相手に敵意があると決まったわけではありません」
「感染対策については、接触する人員を固定するべきだと考えます」
「固定?」
「はい。今後、1度の接触だけで終わるとは考えにくい。同じ人員で複数回の接触を行う方が、接触する人数を増やさずに済みます」
「接触した人間は?」
「一般との接触を避け、健康状態を継続して観察します。島の対岸に既存の施設を確保し、接触班専用の宿泊・隔離拠点とします」
「巡視艇の乗員もですか?」
「はい。接触に参加した乗員も対象とするべきです」
「分かりました。医療スタッフも配置してください」
「手配します」
「大阪府、大阪市とも調整を」
「はい」
藤堂は再びモニターへ目を向けた。
先ほどまで、そこには1人の女性が映っていた。
どこの国の人間なのか。
そもそも、人間なのか。
何語を話し、何を考え、なぜあの島にいるのか。
何一つ分からない。
「準備が整い次第、接触を試みます」
「はい」
「くれぐれも、相手を刺激しないように」
その言葉とともに、未知の存在との最初の接触に向け、日本政府が動き始めた。




