第四十四話 誰の島
2027年3月17日(水) 16:18
総理官邸 官邸対策室。
扉が開いた。
藤堂が室内へ入る。
室内にいた職員たちの視線が、一斉に藤堂へ向いた。
浅間が席を立つ。
「お疲れさまでした」
藤堂は何も言わず、小さく頷いた。
そのまま大型モニターの前へ向かう。
画面には、大阪湾に静止する巨大な大地が映し出されていた。
藤堂はしばらくそれを見つめる。
「あの……仮称『島』としましょう」
室内にいる者たちへ視線を向けた。
「あの島の状況について、報告をお願いします」
「はい」
職員が手元の資料を確認する。
「島は現在も大阪湾に静止しています。出現後、位置や形状に変化は確認されていません。また、上空にあった紋様は完全に消失しました」
大型モニターに、上空から撮影された島の画像が表示される。
「大きさは約2\.5km四方。外周部は岩山に囲まれ、中央部は盆地状になっているとみられます」
画像が拡大される。
「中央部には濃い霧が発生しており、光学観測では内部を確認できません」
「霧はまだ晴れていないんですね」
「はい。現在も中央部を覆っています」
画面が切り替わる。
「また、世界各地の島嶼データ、過去の衛星画像との照合を進めていますが、形状が一致する島は確認されていません」
「つまり、どこかにあった島が移動してきた可能性は低いと」
「少なくとも、既知の島に該当するものはありません」
「分かりました」
藤堂は大型モニターへ目を向けた。
そこには、大阪湾に浮かぶ島がある。
少し間を置いて、藤堂が口を開いた。
「あの島の主権は、日本にあるということで大丈夫ですか?」
「……現時点では、そうとは言い切れません」
「問題が?」
「我が国の主権が領海に及ぶことと、そこに新たに現れた陸地の領有権を取得することは別の問題です」
「日本領とは言えないと?」
「それも断定できません」
藤堂がわずかに眉を寄せる。
「国連海洋法条約では、島は自然に形成された陸地で、水に囲まれ、高潮時にも水面上にあるもの、とされています」
藤堂はモニターを見る。
「海底には接地しているんでしょう?」
「はい」
「周囲は海に囲まれている。満潮時にも水面上にある。それなら島では?」
「形状だけを見れば、島と呼んで差し支えないでしょう。ただ、国連海洋法条約上、領海などを有する島として扱われるためには、『自然に形成された』という条件があります」
「領有権とは別の問題ですか?」
「はい。島の法的な性質と、どの国に属するかは分けて考える必要があります」
「自然に形成されたものではないと言い切れないと?」
「はい」
「元々どこかに存在していた自然の島が、ここへ移動してきた可能性もある」
「それは、否定はできません」
「仮にそうなら、自然に形成された島では?」
「その判断もできません。国連海洋法条約は、このような事態を想定していません」
「……」
藤堂は再びモニターを見る。
「では、我が国が領有権を主張すればいいのではありませんか?」
「どの国家にも属さない土地であれば、国際法上、先占による領域取得という考え方があります」
「我が国の領海内に現れた島です。他国が領有権を主張する可能性は低いのではありませんか?」
「現時点で、他国が領有権を主張する可能性は低いと考えます」
「なら――」
「それが、今回はそう簡単にはいきません」
職員が大型モニターへ目を向けた。
「こちらをご覧ください」
画面が切り替わる。
島の衛星画像だった。
外周部を岩山が囲み、その中央部は白い霧に覆われている。
「島の中央部分は霧に覆われていますが……ここ、分かりますか?」
画像の一部が拡大される。
藤堂が目を凝らす。
霧の切れ間。
そこに、自然物とは明らかに形の異なるものが見えていた。
「人工物と思われるものが写っています」
藤堂は黙って画像を見つめる。
「……あの島が既に占有されているかもしれないと?」
「その可能性があります」
職員が一度、言葉を止める。
「ただし――」
藤堂は画像を見つめた。
「そこにいるのが、人と呼べるものかどうかも分かりませんね」
「……」
「それでは、島が既に占有されているとなると、どうなりますか?」
「占有者がいるだけで、直ちに外国領となるわけではありません」
藤堂は黙って聞いている。
「その者たちが国家、あるいはそれに相当する主体で、島に対する主権を有しているのか。それを確認する必要があります」
「仮に、あの島が他国の領土だった場合は?」
「その場合、問題になるのは島だけではありません」
大型モニターに大阪湾の地図が表示された。
「国連海洋法条約上の島として認められるのであれば、原則として、その島にも領海が認められます」
「領海は12海里ですね」
「はい。約22キロです」
島を中心に円が描かれる。
大阪湾の大部分が、その円の中へ入った。
「ただし、この範囲がそのまま相手国の領海になるわけではありません。我が国の領海と重複するため、境界を画定する必要があります」
「どこが境界になるんですか?」
「原則として、双方の基線から等距離となる中間線が基準となります。ただし、実際の境界画定には双方の合意や地理的条件なども関係します」
画面が切り替わる。
島と大阪側の海岸線。その間に一本の線が表示された。
「島と大阪の距離は?」
「最も近いところで、およそ1キロです」
藤堂は画面に引かれた線を見つめた。
「……大阪の目の前に、外国の領海ができる可能性があると?」
「仮にあの島が外国領であるならば、その可能性があります。ただ、実際にこの線が国境になると決まったわけではありません」
「領海だけですか?」
「いいえ。領海に対する主権は、その上空と海底にも及びます」
「……」
「結局、相手が何者なのか分からなければ、何も決められないということですね」
「はい。そもそも、あれが国際法上の島として認められるのか。そこに存在する者が国家を形成しているのか。領有権を主張する意思があるのか。そのすべてが不明です」
「分かりました。領有権については、引き続き検討してください」
藤堂はモニターに映る島へ視線を戻した。
「あの島には植物があるんですね?」
「はい。少なくとも植物と思われるものは確認されています」
「なら、他の生物が存在する可能性もある」
「十分に考えられます」
別の職員が口を開いた。
「動植物だけではありません。未知の微生物が存在する可能性も考慮する必要があります」
「細菌やウイルスも?」
「否定できません」
「我々に感染する可能性は?」
「分かりません。逆に、我々が持つ病原体が島の生物に影響を与える可能性もあります」
「……接触はまだ早いですね」
「はい。少なくとも生物学的な安全性が確認されるまでは、慎重にすべきだと考えます」
「分かりました」
藤堂が大阪湾の地図を見る。
「まずは暫定的に、島の外周から 2km以内への立ち入りを制限しましょう。必要な措置を関係機関と調整してください」
画面上に、島の外周から2キロの範囲が表示される。
その一部が大阪側の陸地へ重なった。
「陸上にもかかります」
「どこですか?」
「大阪市住之江区、南港南地区です」
「居住地域ですか?」
「主に工業・港湾地域です。大規模な居住地域ではありませんが、複数の事業所や港湾施設があります」
藤堂は頷いた。
「大阪府と大阪市に連絡してください」
「はい」
「具体的な対応を協議しましょう」




