↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『彼方と日常の境界、そのリアル』 ―ある日、大阪上空に未知の紋様が現れたら、現実社会はどう動く?―  作者: そらと ソラ
プロローグ カウントダウン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/42

第三十八話 それぞれの朝


2027年3月17日(水) 07:08


 大阪府庁、危機管理室。


「高城くん」


「はい」


「大阪府の指揮機能を、市外へ移してください」


 高城が藤堂を見る。


「……総理は?」


「……」


「それなら私も――」


「それは駄目です」


 藤堂は静かに言った。


「今日、何が起きるか分かりません」


「もし大阪市で何かが起きた時、国と大阪府、両方の指揮機能を同時に失うわけにはいきません」


 高城は何も言わなかった。


「大阪府には、大阪府の役割があります」


「……分かりました」


「高槻市危機管理センターを使います。すでに高槻市と調整し、先遣の職員を向かわせています」


「お願いします」


     ◇


「高槻への移動ですが、陸路は断念します」


 高城が顔を上げた。


「主要道路の混雑が解消していません。府警からも、所要時間を保証できないとの連絡が入っています」


「緊急車両の経路は」


「確保を進めています。ただ、高槻までとなると……」


 高城は少し考え、頷いた。


「分かりました」


「空路に切り替えます。府警航空隊のヘリを使用します」


「どこから?」


「府警本部のヘリポートは、現在ほかの任務で使用中です。大阪城公園に臨時の離着陸地点を設定します」


「高槻側は?」


「萩谷総合公園に降ります。高槻市と府警が、危機管理センターまでの経路を確保しています」


「分かりました。その予定で進めて下さい」


「はい」


 職員が席へ戻る。


 高城は壁面のモニターへ目を向けた。


 大阪上空。


 そこには、今日も変わらず紋様が浮かんでいる。


 その一角に並ぶ記号は、今も一定の間隔で変化を続けていた。


 今日、その数字は0になる。


     ◇


 高城は時計を見る。


「そろそろ時間ですね」


 藤堂の声に、高城が顔を上げる。


「はい」


 2人の間に、短い沈黙が落ちる。


「高城くん」


「はい」


「これは避難ではありません」


 高城は黙って藤堂を見る。


「大阪市で何が起きても、大阪府は動き続けなければならない」


「……はい」


「大阪をお願いします」


 高城は頷いた。


「分かりました」


 そして、藤堂を見る。


「総理」


「はい」


「また飲みましょう」


 藤堂の表情が、わずかに緩んだ。


「分かりました」


 高城は一礼し、歩き出した。


 藤堂は、その背中を見送った。


     ◇


 大阪城公園。


 広場の一角では、府警航空隊のヘリがローターを回していた。


 高城を乗せた車が到着する。


 待機していた警察官に促され、高城はそのままヘリへ乗り込んだ。


 ドアが閉まり、ローターの音が大きくなる。


 やがて機体が、ゆっくりと地面を離れた。


 窓の外に大阪城が見える。


 高度が上がるにつれ、その周囲に広がる街並みが視界へ入ってきた。


 朝の光を受けたビルの間を道路が走り、その先まで住宅が続いている。


 昨日、あれほどの混乱に包まれていた街だった。


 それでも上空から見る大阪は、いつもの朝と何も変わらないように見えた。


 その街を覆うように、巨大な紋様が浮かんでいる。


 高城は、窓の外を見つめたまま動かなかった。


 ヘリは旋回し、北へ機首を向ける。


 大阪城が少しずつ遠ざかっていく。


 やがてビル群も、その向こうへ広がる街も、ゆっくりと後方へ流れていった。


 その上空に浮かぶ紋様だけが、いつまでも大きく見えていた。


     ◇


2027年3月17日(水) 08:21


 大阪市内。


 幹線道路には、朝早くから長い車列ができていた。


 クラクションが鳴る。


 少し離れた場所でも、また鳴った。


「間に合わない……」


 運転席の男が、何度目か分からない時計を見る。


 車列は、ほとんど動いていない。


 どこまで行けば安全なのか。


 そもそも、大阪を離れれば安全なのか。


 誰にも分からない。


 それでも人々は、大阪から離れようとしていた。


     ◇


 駅の改札前には、大勢の人が集まっていた。


「押さないでください!」


「順番にお願いします!」


 駅員の声が響く。


 運行状況を知らせる電光掲示板を、何人もの人が見上げている。


「次、いつ来るんですか?」


「現在確認しています!」


「確認って、もうずっと待ってるんですけど!」


 その横を、小さな子どもの手を引いた母親が通っていく。


「ママ」


「なに?」


「どこ行くの?」


「じいじの所」


「ポテはお家においていくの?」


「うん……じいじのところには、連れていけないから」


「ちゃんとお留守番してるかな」


「……そうだね」


 母親は、その手を強く握った。


     ◇


 マンションの一室。


 テレビには大阪上空の紋様が映っている。


 ソファに座った老夫婦が、それを眺めていた。


「行かなくてよかったの?」


 妻が聞いた。


「どこへ?」


「息子のところ」


「東京までか?」


「うん」


 夫はしばらくテレビを見ていた。


「もういいよ」


「……そう」


「ここが家だから」


 妻は何も言わなかった。


 やがて夫の隣へ座る。


「コーヒー飲むか?」


「うん」


 夫が立ち上がる。


「いつもの?」


「いつもの」


 テレビの中では、紋様が変わらず大阪の空に浮かんでいた。


     ◇


 淀川の河川敷。


 空を見上げる人々の姿があった。


 三脚にカメラを据える者。


 土手に腰を下ろし、缶コーヒーを飲む者。


 数人で集まり、話をしている若者たち。


 少し離れた場所では、1人の男が寝転んで空を見ていた。


「まだ結構あるんだよな?」


「ある」


「何時だっけ」


「12時59分40秒」


「……そっか」


「逃げなくていいの?」


「どこに?」


「……それもそうか」


 2人が空を見る。


 風が、河川敷の草を揺らしていた。


 その上には、巨大な紋様が浮かんでいる。


     ◇


 地下から地上へ続く階段を、大勢の人が上っていく。


 その端で、1人の女性が大きなキャリーケースを持ち上げようとしていた。


 人の流れが、その横を通り過ぎていく。


「貸して」


 若い男が、キャリーケースの取っ手をつかんだ。


「え?」


「上ですよね」


「あ……はい」


 2人で階段を上る。


「すみません」


「大丈夫です」


 階段を上りきる。


「ありがとう」


「いえ」


 男はキャリーケースから手を離すと、人混みの中へ急いでいった。


 女性はその背中へ、もう一度頭を下げた。


     ◇


 シャッターの下りた店が並ぶ商店街。


 その中に、1軒だけ開いているコンビニがあった。


 棚には空いた場所が目立つ。


 水。


 パン。


 カップ麺。


 電池。


 いつもなら商品が並んでいる場所に、白い棚板が見えていた。


 レジに、パンとペットボトルの水、それに菓子が置かれる。


 ピッ。


 ピッ。


 店員の手が止まった。


 一瞬、何かを迷うように客を見る。


「……不安はありますか?」


 客は少し戸惑う。


「……少し」


「私もです」


 店員が、ふっと笑う。


 客も、つられるように笑った。


     ◇


 大阪の空には、そんな人々を見下ろすように、巨大な紋様が浮かんでいる。


 逃げる者がいた。


 残る者がいた。


 怒る者がいた。


 諦めた者もいた。


 それでも街は動いていた。


 その下で、人々はそれぞれの朝を過ごしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。