第四十話 0
第四十話 0
2027年3月17日(水) 12:59:40
0。
その瞬間――空気が変わった。
風ではない。
大阪の空気そのものが、低く震え始める。
窓ガラスが微かに鳴った。
水面に細かな波紋が走る。
そして、空。
7日間、半透明のまま浮かび続けていた紋様に、色が宿り始める。
淡かった線が、ゆっくりと濃くなる。
一本。
また一本。
空に描かれていただけだった線が、そこに存在するもののように輪郭を強めていく。
次の瞬間。
止まっていた紋様が――動いた。
巨大な外周が、ゆっくりと回転を始める。
内側に幾重にも重なる円が、それぞれ異なる方向へ動き出す。
記号が流れる。
線が交差する。
円が回る。
これまで、一度として動かなかった巨大な紋様が、まるで目を覚ましたように複雑な動きを始めていた。
その上空に、光が走った。
一本。
さらに一本。
何もなかった空に、巨大な光の線が次々と伸びていく。
線と線が交わる。
そこから新たな線が枝分かれし、さらに別の線へとつながっていく。
やがて、それらは一つの巨大な円を描いた。
新たな紋様。
その内側にも、次々と線が刻まれていく。
円。
記号。
幾何学的な図形。
それらが組み合わさり、空に複雑な紋様を形作っていく。
完成した瞬間――回転を始めた。
ゆっくりと。
外側の円が回る。
それとは逆に、内側の円が回る。
さらに内側では、無数の記号が円周に沿って流れていく。
その上空。
また、光が走る。
新たな円が描かれる。
さらに、その上にも。
巨大な紋様が、一つ、また一つと空へ積み重なっていく。
下では、7日間浮かび続けていた紋様が回転している。
その上では、新たに現れた紋様が別の方向へ回る。
さらに上では、いくつもの円が互いに異なる速度で動いている。
止まっているものは、もう何一つない。
線が走る。
円が回る。
記号が流れる。
幾重にも重なった巨大な紋様すべてが、それぞれ別の動きを繰り返している。
低い振動が、大阪を包む。
光が脈打つ。
紋様の動きが重なり合う。
今度は、その中心へ光が集まり始めた。
淡かった光が、次第に強さを増していく。
さらに。
さらに。
中心だけが、直視できないほどの輝きを放つ。
そして――。
閃光。
巨大な光の柱が、紋様の中心から上空へと打ち上げられた。
幾重にも重なる紋様を、一気に突き抜けていく。
その先端が、青空を貫く。
次の瞬間――空が歪んだ。
円形に。
ゆっくりと。
歪みが広がっていく。
青空が押し退けられるように、その中心が暗闇へと変わる。
さらに広がる。
巨大な円。
その向こうは暗い。
何も見えない。
ただ、黒い。
大阪の空に、巨大な穴が開いていた。
やがて、その暗闇から――何かが現れた。
最初に見えたのは、岩だった。
巨大な岩肌。
岩の塊。
そう見えた。
だが――終わらない。
次々と現れる岩肌。
土。
幾重にも重なった地層。
暗闇から、さらに、さらに押し出されてくる。
その巨大さが、少しずつ姿を現していく。
空が消えていく。
太陽の光が遮られ、大阪の街に巨大な影が落ちる。
それでも、まだ終わらない。
暗闇から、岩肌が現れ続ける。
次から次へと。
見えている部分だけでも、すでに巨大だった。
それでもなお、その奥から新たな岩肌が姿を現す。
どこまで続いているのか分からない。
そしてようやく、その端が見えた。
やがて、そのすべてが暗闇を抜けた。
そこに現れたのは――大地だった。
巨大な大地が、空に浮かぶ。
次の瞬間、その巨体が沈み始めた。
大阪湾へ向かって、斜めに高度を落としていく。
最初は、ゆっくりと。
やがて、その動きが少しずつ速くなっていく。
だが、あまりにも大きい。
落下しているはずなのに、その動きはひどくゆっくりと見える。
それでも、確実に近づいてくる。
空を占めていた岩肌が、見る間に低くなっていく。
ビルの屋上よりも。
橋よりも。
港に並ぶクレーンよりも。
比較できるものが増えるほど、その大きさだけが現実離れしていく。
大地そのものが、大阪湾へ落ちていく。
海面に近づいていく。
巨大な影が、水面を覆う。
落下は続く。
やがて、その速度がわずかに落ち始めた。
高度を下げるにつれ、さらに遅くなる。
それでも、大地は降り続けている。
海面へ近づくほど、その動きは滑らかに失われていく。
海面が迫る。
その動きは、さらに緩やかになる。
そして――海面まで数m。
一瞬、動きを止める。
そして。
ゆっくりと、ゆっくりと降り始めた。
岩肌の最下部が海面に触れる。
水が押し退けられ、大地の周囲へ波が広がっていく。
さらに沈む。
岩肌を海水が上っていく。
やがて――動きが止まった。
大阪湾。
そこに、巨大な大地がある。
海面から立ち上がる、切り立った岩肌。
その上には、深い緑が広がっている。
木々だった。
密集した森が、大地の奥まで続いている。
緑に覆われた丘。
ところどころに露出する岩肌。
人工物と思われるものも見える。
海に囲まれた、ひとつの大地。
ほんの少し前まで、そこには海しかなかった。
それはまるで――
大阪湾に、新しくできた島のように見えた。
◇
先ほどまでの激しい動きが嘘だったかのように、海は静けさを取り戻している。
その中に、島がある。
岩肌を海に沈め、深い緑を載せたまま。
もう、何も動かない。
ただ静かに。
大阪湾に佇んでいた。
第二部 完
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
第二部はこれにて完結です。
そして、第一部から続いてきたここまでの物語が、『彼方』のプロローグとなります。
長いプロローグになりましたが、ようやく役者と舞台が揃いました。
次話から、いよいよ『彼方』の本編が始まります。
ここまで読んでくださった皆さまに、ぜひ感想を聞かせていただけたら嬉しいです。
「ここが面白かった」「この先が気になる」はもちろん、「ここは分かりにくかった」「ここは気になった」といったご意見も大歓迎です。
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これから始まる『彼方』の物語も、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




