第三十七話 記者コラム ――残り0日
2027年3月17日(水) 05:42
大阪の街は、静かだった。
昨日の喧騒が、嘘だったかのように。
まだ人影の少ない住宅街を、一台のバイクが走っていく。
止まる。
新聞が一部、ポストへ差し込まれる。
また走り出す。
次の家へ。
いつもと変わらない、朝の光景だった。
ポストからのぞく新聞。
その紙面には、一つの文章が掲載されていた。
――記者コラム。
◇
『分からないということ』
政府は昨日、大阪上空に出現した紋様の一部が、カウントダウンである可能性が高いと発表した。
政府がその可能性を把握したのは、3月10日の夜。
それから昨日まで、公表されなかった。
この判断が正しかったのか。
それを検証する必要はある。
政府には、国民に情報を伝える責任がある。
混乱を防ぐという理由だけで、情報を公表しないことが許されるのか。
私は昨日、政府の判断を問う記事を書いた。
今も、その考えは変わっていない。
しかし昨日、私たちはもう一つの事実を知った。
政府にも、分からなかった。
各国が調査を続けても、分からなかった。
あれが何なのか。
なぜ大阪に現れたのか。
そして今日、何が起こるのか。
誰にも分からない。
政治の世界で「分からない」という言葉は、時に責任を曖昧にする言葉にもなる。
だが昨日、内閣総理大臣は国民の前で、その言葉を口にした。
「分かりません」
私は、その言葉を無責任だとは思わなかった。
分からないものを、分かったように語らない。
それもまた、正しい政治家の姿なのかもしれない。
今日、その数字は0になる。
何が起きるのか、私には分からない。
だから私は今日も、記者として見続けようと思う。
何も起きなければ、それを書く。
何かが起きれば、それを書く。
政府が正しい判断をすれば、それを書く。
間違った判断をすれば、それも書く。
それが、私の仕事だからだ。
そして最後に。
これは記者としてではなく、一人の人間として書きたい。
昨日、総理は言った。
「今日の夜を、大切な夜にしてください」
皆さんは、どんな夜を過ごしただろうか。
私は久しぶりに、家族へ電話をした。
大した話はしなかった。
それでよかったと思っている。
大阪には、朝が来た。
いつもと変わらない朝だ。
願わくば。
明日の朝も、こんな記事を書いていたい。
相沢




