↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】『彼方と日常の境界、そのリアル』 ―ある日、大阪上空に未知の紋様が現れたら、現実社会はどう動く?―  作者: そらと ソラ
プロローグ カウントダウン

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/84

第三十二話 知られた時間  ――残り1日

2027年3月16日(火) 07:00


 大阪市北区、梅田。

 未明に雨は上がり、上空を覆う雲には所々に切れ間が見えていた。

 街のあちこちで、人が立ち止まっている。

 見ている先は、皆同じだった。


 空――


 双眼鏡を手にした者。

 望遠レンズを取り付けたカメラを構える者。

 歩道の脇には、三脚に載せられた天体望遠鏡まである。

 スマートフォンを手に、空と画面を交互に見ている者もいた。

 その画面には、ネット上で予測された「現在の紋様」が表示されている。

 だが、紋様はまだ見えない。

 雲はゆっくりと流れている。

 その切れ間が、少しずつ紋様のある方角へ近づいていた。


「……来る」


 誰かが言った。

 周囲にいた人々が、一斉に空を見上げる。

 スマートフォンが空へ向けられる。

 カメラを構える者がいる。

 双眼鏡を覗く者がいる。

 雲が流れる。

 切れ間が重なった。

 白い雲の向こうから、紋様の一部が姿を現す。


「…………」


 誰も声を上げなかった。

 一人の男がスマートフォンへ目を落とす。

 画面を見る。

 空を見る。

 もう一度、画面を見る。


「……同じだ」


「え?」


「同じ……」


 近くにいた別の男もスマートフォンを見る。


「これ、今の予測だよな」

「……マジかよ」


 ざわめきが広がる。


「同じだって」

「本当だったの?」

「カウントダウン……」

「じゃあ明日じゃん」


 男がスマートフォンを耳に当てた。


「もしもし? 今見えた」

「――」

「ああ」


 もう一度、空を見る。


「……同じだった」


    ◇


「カウントダウン、本当だったって!」


 駅へ向かっていた男が足を止めた。

 すれ違った人の声だった。

 男は振り返る。

 すぐにスマートフォンを取り出した。

 画面を開く。


『一致した』

『予測通り』

『大阪で確認』

『カウントダウン説、本当だった』


 次々と新しい投稿が流れていく。


「……マジか」


 男は駅を見る。

 しばらく動かなかった。

 やがて電話をかける。


「もしもし、すみません」


 駅へ向かう人の流れから外れる。


「今日、会社行けそうにないです」


 男は来た道を戻り始めた。


    ◇


 コンビニのレジ横。

 積まれた朝刊の一面に、大きな見出しが躍っていた。


『政府、早期にカウントダウン把握 公表せず』


 その横で、客がスマートフォンを見ながら商品をレジへ置く。


「カウントダウン、本当だったみたいですよ」

「え?」

「新聞にも載ってるし、さっき雲が切れて、予測されてた紋様と一致したって」


 客が店を出ていく。

 店員はレジの横に置いていたスマートフォンを手に取った。

 画面を開く。

 指を動かす。

 止まった。


「……マジかよ」


 店員は奥にいる店長へ顔を向けた。


「店長」


「ん?」


「すみません。俺、帰ります!」


「え?」


 店員はエプロンを脱ぎ捨てた。


    ◇


「新大阪までお願いします」


 後部座席に乗り込んだ男が言った。

 運転手がバックミラーを見る。


「新大阪ですね」

「はい」


 男はスマートフォンを握ったまま、続けた。


「……大阪、出ます」


 運転手がもう一度バックミラーを見る。


「何かあったんですか?」

「カウントダウン、本当だったらしいですよ」

「え?」


 信号が赤に変わる。

 車が止まった。

 運転手はダッシュボードに置いたスマートフォンへ目をやった。


    ◇


 玄関の外では、男が車に荷物を積み込んでいた。


「母さん、早く!」


 返事はない。

 男が家の中へ戻る。


「母さん?」


 仏間。

 老婆は、仏壇の前に座っていた。

 手を合わせている。


「母さん、早く車乗って」

「はいはい」


 老婆はもう一度だけ、仏壇に手を合わせた。


    ◇


「ママ?」

『――』

「うん。本当みたい」

『――』

「分からない。分からないけど……」


 女は部屋の中を見る。

 床には開いた旅行鞄が置かれていた。


「とりあえず、そっち行くから」


    ◇


「今日どうする?」

「どうするって?」

「大阪出た方がいいんじゃない?」

「どこまで?」

「……分かんない」


 若い男女が顔を見合わせる。

 どちらも答えを出せない。

 その横を、キャリーケースを引いた男が足早に通り過ぎていった。


    ◇


 7時を少し回った。

 道路には、まだ車が流れている。

 電車も動いている。

 店も開いている。

 大阪は、まだ動いていた。

 ただ――。

 街のあちこちで、人々がそれぞれの方向へ動き始めていた。


    ◇


2027年3月16日(火) 09:24


 大阪市内。

 道路を埋める車の列は、ほとんど動かなくなっていた。

 信号が青に変わる。

 前の車が数メートル進む。

 止まる。

 後ろからクラクションが鳴った。

 さらに、その後ろからも鳴る。


「早く行けよ!」

「行けないんだよ!」


 怒鳴り声が飛ぶ。

 交差点では、信号が変わるまでに抜けきれなかった車が残り、横から来た車の進路を塞いでいた。

 青になっても進めない。

 赤になっても車が残る。

 クラクションだけが増えていく。


『阪神高速は現在、多くの入口が閉鎖されています』


 カーラジオの声が、車内に流れていた。

 車列は、動かない。

 その横を、キャリーケースを引いた人々が歩いていた。


「もう無理だ、歩こう」

「新大阪まで?」

「行くしかないだろ」


 後ろで、またクラクションが鳴った。


    ◇


 新大阪駅。


「押さないでください! ゆっくり進んでください!」


 駅員の声が響いていた。

 改札前を、人が埋め尽くしている。

 子供の手を引く母親。

 乳児を抱いた父親。

 スーツ姿の会社員。

 大きな鞄を抱えた若い男女。


「東京まで行きたいんです!」

「指定席じゃなくていいです!」

「次はいつ乗れますか!」

「子供がいるんです! 先に行かせてもらえませんか!」


 いくつもの声が同時に飛ぶ。


「順番にご案内します! 押さないでください!」


 その間にも、駅に人が入ってくる。


「最後尾どこ?」

「分からない」

「これ、全部並んでるの?」


 ホームへ続く階段の前では、別の駅員が両腕を広げていた。


「ただいまホームへの入場を制限しています!」

「電車は動いてるんでしょ!」

「切符あるんだけど!」

「危険ですので、押さないでください!」


 人の声に、構内放送が重なる。

 その上から、また駅員の声が響く。


    ◇


 地下鉄。

 到着した電車の扉が開く。

 降りる人。

 乗ろうとする人。

 その双方がぶつかった。


「降ります! 先に降ろしてください!」

「押さないで!」


 ホームには次の電車を待つ人が何列にも並んでいる。

 旅行鞄を持った人。

 キャリーケースを引いた人。

 通勤鞄だけを持った人。

 スマートフォンを見つめたまま動かない人。


「新大阪行くんですか?」

「はい」

「やっぱり?」

「とりあえず大阪から出ます」


 発車を知らせる音が鳴る。

 扉が閉まらない。


「扉から離れてください!」


    ◇


 スーパー。


「お一人様、一点でお願いします!」


 店員が声を張り上げる。


「水、もうないんですか?」

「現在、売り切れです!」

「米は?」

「申し訳ございません」


 レジから伸びた列は、売り場の奥まで続いていた。

 棚には空いた場所が目立つ。

 水。

 米。

 カップ麺。

 パン。

 缶詰。

 トイレットペーパー。

 店員が段ボールを積んだ台車を押してくる。


「通ります! すみません、通してください!」


 段ボールが開けられる。

 中からペットボトルの水が見えた。


「あ、水!」


 周囲にいた客が一斉に振り向く。

 何人かが同時に動いた。


「押さないでください!」



    ◇


 ガソリンスタンド。

 給油待ちの車が、敷地の外まで続いていた。


「最後尾はあちらです!」


 店員が道路の先を指さす。


「どれくらい待ちます?」

「分かりません」

「ガソリンなくならないよね?」

「……分かりません」


 また一台、列の最後尾につく。

 またその後ろにも車が止まった。


    ◇


 大阪府警察本部、通信指令室。


「はい、110番です。事件ですか、事故ですか」

『――』

「落ち着いてください。場所はどちらですか」


 別の指令台。


「はい、110番です」

『――』

「けが人はいますか?」


 さらに別の指令台。


「はい、110番です」

『――』

「もう一度お願いします。場所はどちらですか」


 交通事故。

 車同士のトラブル。

 店舗での揉め事。

 駅での混乱。

 路上での喧嘩。

 通報は途切れない。


「北区、交通事故! けが人あり!」

「近い車両は!」

「ありません!」

「隣接署は!」

「そっちも出払ってます!」


 別の声が飛ぶ。


「中央区、店舗内で客同士のトラブル!」

「対応できる車両は?」

「ありません!」

「110番、入電待ち増加!」

「何件だ!」

「現在も増え続けています!」


 指令台では、まだ通話が続いている。


「警察官はすぐには向かえません! その場を離れて、安全な場所へ避難してください!」

「また事故! 淀川区!」

「回せる車両がない!」

「東淀川は!」

「対応中です!」


 声が重なる。

 一件を処理している間にも、新しい通報が入る。

 その間にも、繋がらない110番通報が増え続けていた。


    ◇


 大阪市内。

 救急車が車列の間を進もうとしていた。


「緊急車両が通ります! 道を空けてください!」


 車が左右へ寄る。

 だが、寄れる幅はわずかしかない。

 救急車がゆっくりと前へ出る。

 数メートル進む。

 再び動けなくなる。

 歩道では、人々がキャリーケースを引いて歩いている。

 駅へ向かう者。

 家へ戻る者。

 店へ向かう者。

 大阪を離れようとする者。

 誰もが、それぞれの目的地へ向かっていた。

 そのすべてが、一つの街の中で重なっていた。

 


    ◇


 

 東京、首相官邸 総理執務室。

 2人の人物が向かい合っている。


「……総理」


「……分かっている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。