第三十三話 伝える決意
2027年3月16日(火) 10:31
東京 首相官邸執務室。
藤堂は、受話器を耳に当てていた。
呼び出し音が途切れる。
「高城くん……」
静かな執務室に、藤堂の声だけが響いた。
◇
官邸対策室。
「東京駅、品川駅ともに混雑が続いています。一部で入場規制が始まっています」
「東名、新東名、中央道。下りを中心に交通量が急増しています」
「名古屋駅でも新幹線の指定席はほぼ埋まっています。在来線も混雑しています」
「福岡でも水、食料品を中心に買い求める客が増えています」
報告が途切れない。
「首都圏のスーパー、コンビニでも一部商品の品切れが出始めています」
「企業からの問い合わせも増えています。出勤を取りやめる動きも広がっています」
「学校は?」
「各自治体で対応が分かれています。休校を決めたところも出ています」
大阪ほどではない。
だが、混乱はもう大阪だけのものではなかった。
藤堂は、正面のモニターを見ていた。
東京。
名古屋。
福岡。
各地の駅や道路の映像が次々と映し出されている。
藤堂はしばらく画面を見つめていた。
「皆さん、聞いてください」
室内の声が止まった。
「今夜、私から国民に説明をします」
官房長官が藤堂へ顔を向けた。
「……何時になさいますか」
「18時に」
「分かりました。直ちに準備と告知を――」
「待ってください」
藤堂が言った。
「ただ告知を出すだけでは……」
官房長官が藤堂を見る。
「この状況です。テレビを見ていない人も多い。家にいない人もいる」
「……確かに、この混乱の中で全国に周知するのは難しいかもしれません」
藤堂は黙った。
「ただ今夜だけは……」
少し間を置く。
「何とか国民に知らせる方法はありませんか」
室内に沈黙が落ちた。
一人が口を開く。
「緊急地震速報はどうでしょう」
何人かが振り向く。
「あれなら、携帯電話を持っている多くの国民に知らせることができます」
「緊急地震速報はその用途には使えません」
別の職員が答えた。
「地震に関する情報を自動配信するための仕組みです。任意のメッセージを送るようにはなっていません」
「では、緊急速報メールは?」
室内の視線が集まった。
「緊急速報メールはどうでしょう。ドコモのエリアメールを含め、各社が提供しているものです」
「国や自治体が、指定した地域の携帯電話へ災害・避難情報を一斉配信できます」
「それなら、全国へ送れるのですか」
「……内容が問題です」
「内容?」
「本来、災害や避難に関する緊急情報を配信するためのものです。総理が国民に話をするという告知は、通常の配信対象ではありません」
藤堂が職員を見る。
「明日……何が起こるか分からない」
「はい」
「大阪ではすでにこの状態です。全国にも混乱が広がっている」
「……」
「それでも、これは緊急情報ではないのですか」
職員がハッとした。
「……関係省庁と携帯各社に確認させます」
「お願いします」
藤堂は続けた。
「使えるものは、すべて使ってください。テレビも、ラジオも、インターネットも」
「はい」
「一人でも多くの国民に伝えてください」
藤堂は正面のモニターへ視線を戻した。
「今夜……」
各地の混乱を映す画面を、しばらく見つめる。
「私が……」
◇
2027年3月16日(火) 17:00
大阪市内。
朝から続く混乱は、まだ収まっていなかった。
道路には車が並び、歩道を多くの人が行き交っている。
駅では構内放送が繰り返されていた。
店の前には人が並び、店員の声が飛ぶ。
クラクション。
話し声。
怒鳴り声。
街のあちこちから、いくつもの音が重なっていた。
その時だった――
突然、警告音が鳴った。
一度でも聞いたことがあれば、間違えるはずのない音。
エリアメール・緊急速報メール。
一つではない。
また一つ。
そして、街中から同じ音が鳴り始める。
その瞬間――
これまで街を覆っていた喧騒が、嘘のように止まった。
怒鳴っていた者も。
先を急いでいた者も。
誰もが足を止める。
ポケットから。
鞄の中から。
人々がスマートフォンを取り出す。
そして、一斉に画面を見た。
【政府からの緊急情報】
本日18時、内閣総理大臣から国民の皆様へ重要な説明があります。テレビ、ラジオ、インターネット等でご確認ください。




