第三十四話 大阪へ
時間は少し遡る
2027年3月16日(火) 12:18
東京 首相官邸。
「総理、クロフォード特使から面会の申し入れが入っています」
「……分かりました」
◇
総理執務室。
クロフォードは、藤堂の向かいに座っていた。
「本国から帰国するよう指示がありました。今日中に日本を発ちます」
「そうですか」
藤堂は小さく頷いた。
「短い間でしたが、大変お世話になりました」
「こちらこそ。クロフォード特使には、ずいぶん助けていただきました」
クロフォードは、わずかに笑った。
「結局、何も出来ないまま帰ることになってしまいましたが」
「それは私たちも同じです」
二人の間に、短い沈黙が落ちた。
クロフォードが立ち上がった。
藤堂も席を立つ。
「それでは、総理」
「ええ」
藤堂は手を差し出した。
「また会いましょう」
クロフォードはその手を握った。
「もちろんです」
二人は手を離した。
クロフォードは一礼し、出口へ向かった。
扉の前で足を止める。
「日本を信じています」
振り返ることなくそう告げると、クロフォードは執務室を後にした。
◇
官邸対策室。
「総理、18時の会場ですが、官邸でよろしいでしょうか」
藤堂は、しばらく黙っていた。
「……大阪へ行きます」
室内の視線が、一斉に藤堂へ向いた。
「大阪……ですか」
「はい」
官房長官が藤堂を見る。
「それでは、私も同行します」
「いえ」
藤堂は官房長官の顔を見据える。
「官房長官は、ここに残って下さい」
官房長官の表情がわずかに変わった。
「……」
「……」
「……分かりました」
「お願いします」
官房長官は小さく頷いた。
「それでは、大阪へ向かう準備を」
「大阪府知事には話を通しています」
「分かりました」
室内が動き始めた。
「大阪側に受け入れ態勢の確認を」
「はい」
「警察庁、大阪府警にも連絡。警備体制を調整します」
「移動手段はどうしますか」
「民間機は避けましょう。現在の空港の状況では難しい」
「自衛隊機を手配します」
「お願いします」
職員たちが次々と電話を取り、関係各所への連絡を始めた。
◇
2027年3月16日(火) 14:26
大阪へ向かう準備は、すでに整っていた。
出発の時刻になった。
藤堂は官房長官と並び、官邸の出口へ向かって廊下を歩いていた。
二人とも、何も話さない。
藤堂はまっすぐ前を見ている。
官房長官も、その隣で前を向いていた。
静かな廊下に、二人の足音だけが響く。
出口が近づく。
藤堂は足を止め、そしてゆっくりと振り返った。
「……」
「あとはよろしく頼みます」
まっすぐその目を見る。
「……浅間官房長官」
その言葉を聞いた浅間は、ゆっくりと頭を下げた。




