第二十二話 アメリカ
2027年3月12日(金) 06:18(現地時間)
ワシントンD.C.、ホワイトハウス。
大統領執務室。
マイケル・リードは、ゆっくりと受話器を置いた。
そのまま椅子にもたれ、しばらく動かなかった。
日本から届いた、クロフォードの報告。
大阪上空に浮かぶ巨大な紋様。
一定の周期で変化する未知の記号。
そして、その変化がカウントダウンである可能性。
3月17日。
あと5日。
「……冗談じゃない」
リードは小さく吐き捨てると、机の上の呼び出しボタンに手を伸ばした。
「国家安全保障担当補佐官を呼べ。今すぐだ」
◇
数分後。
国家安全保障担当大統領補佐官が大統領執務室へ入った。
「お呼びでしょうか」
「ああ。座れ」
リードは机の上で両手を組んだ。
「クロフォードから連絡があった」
「日本で何か?」
「日本政府が隠していた情報が分かった」
補佐官の表情が変わる。
「隠していた情報?」
「大阪の上にある、あれだ」
リードは椅子から立ち上がった。
「ただ浮かんでいるだけじゃない。あの中の記号が一定の間隔で変化している」
補佐官は黙って聞いている。
「日本側の解析では、カウントダウンの可能性が高い」
「……カウントダウン」
「ああ」
リードは窓の方へ数歩歩き、振り返った。
「0になるのは3月17日だ」
「……17日」
補佐官は言葉を失った。
数秒の沈黙。
「国家安全保障会議を招集しろ」
「承知しました」
「国務長官、国防長官、国家情報長官、統合参謀本部議長。それからCIA長官もだ」
「すぐに」
補佐官が立ち上がる。
「待て」
足が止まった。
リードは補佐官を見る。
「日本以外に、この情報を知っている国は?」
「……現時点では、分かりません」
リードの眉が動いた。
「分からない?」
「各国が独自に対象を観測していることは確認しています。しかし、記号の変化に気付き、同じ解析結果に到達しているかまでは――」
「中国は」
「分かりません」
「ロシアは」
「確認できていません」
「ヨーロッパは?」
「同様です」
リードは苛立ったように息を吐いた。
「つまり、何も分からないということか」
「現時点では」
リードは補佐官を見つめた。
やがて視線を外す。
「……分かった」
机へ戻る。
「なら調べろ」
補佐官が頷く。
「推測はいらない。誰が、何を、どこまで知っているのか。事実を持ってこい」
「はい、大統領」
◇
2027年3月12日(金) 07:04(現地時間)
ホワイトハウス、シチュエーションルーム。
大型モニターには、大阪上空の映像が表示されていた。
その一角を拡大した静止画。
未知の記号が並んでいる。
国務長官。
国防長官。
国家情報長官。
統合参謀本部議長。
CIA長官。
そして、国家安全保障担当大統領補佐官。
リードは集まった顔を見渡した。
「全員、聞いたな」
誰も答えない。
「なら始める」
国家情報長官が資料を開いた。
「日本側からクロフォード特使に提示された解析結果について、現時点で我々は妥当性が高いと判断しています」
「可能性じゃなく、カウントダウンだと思っていいのか」
「断定はできません」
リードの指が机を叩いた。
「またそれか」
「ですが、一定周期で記号が変化していることは事実です。そして日本側の解析では、その変化には規則性があります」
「0になるのは?」
「3月17日です」
リードは黙った。
国防長官が口を開く。
「問題は、0になった時に何が起きるかです」
「ああ」
「現象の中心は大阪上空ですが、影響がその周辺に限定される保証はありません」
統合参謀本部議長が続ける。
「在日米軍についても対応を検討する必要があります」
「退避させるのか」
「現時点では判断できません。ただし、選択肢は準備しておくべきです」
リードは椅子にもたれた。
「日本はどうする」
国務長官が答える。
「現時点で大規模な避難や公表に動くという情報はありません」
「5日しかないんだぞ」
「日本政府もそれは理解しています」
「理解していて、何もしない?」
「何が起こるのか分からない以上、数百万人規模の避難を開始することにも大きなリスクがあります」
リードは何かを言いかけ、やめた。
数秒、机を指で叩く。
「……藤堂は何を考えている」
誰も答えなかった。
国家安全保障担当補佐官が資料へ目を落とす。
「大統領。先ほどの件ですが」
リードが顔を向ける。
「他国について、現時点で確認できた範囲を報告します」
「言え」
「各国が独自観測を続けていることは間違いありません。ただし――」
一度、言葉を切る。
「カウントダウンの存在を把握している国があるかどうかは、確認できていません」
リードの表情が険しくなる。
「結局、分からないままか」
「はい」
沈黙。
リードはモニターを見る。
大阪上空。
巨大な紋様。
その一角に並ぶ、意味の分からない記号。
「……なら、我々も準備する」
全員の視線がリードへ向いた。
「日本との情報共有を続けろ。独自観測も止めるな。在日米軍には、必要になれば即座に動けるよう準備させろ」
国防長官が頷く。
「分かりました」
「それから、この情報は必要以上に広げるな」
リードは一人ずつ顔を見る。
「だが、隠すことを優先して対応が遅れるのも許さん」
誰も口を挟まない。
「3月17日に何も起きなければ、それでいい」
リードはモニターへ視線を戻した。
「だが、何かが起きてから『想定していませんでした』は通用しない」
部屋が静まり返る。
「最悪を想定して準備しろ」
リードは椅子から立ち上がった。
「我々には、あと5日しかない」




