第十八話 記者の違和感
2027年3月11日(木) 14:50
首相官邸 記者クラブ。
テレビ各局、新聞社、通信社の記者たちが、それぞれの端末や資料に目を落としている。
「昨日から、政府発表はほとんど増えてないよな。」
一人の記者が言った。
「増えてないね。」
「P-1まで飛ばしたんだぞ。」
「何も分からなかったんじゃないのか。」
別の記者が顔を上げる。
「本当に?」
「何が。」
「何も分からなかったのか?」
「どういう意味だよ。」
記者は手元の資料をめくった。
「昨日の官邸発表。P-1の観測結果。今朝の官房長官会見。」
指先が資料の上を動く。
「全部、確認中。解析中。精査中。」
「普通だろ。まだ2日目だぞ。」
「そうなんだけどな……。」
記者は資料を見つめたまま黙った。
「何か引っ掛かる?」
「分からない。」
「根拠は。」
「ない。」
隣の記者が小さく笑った。
「それじゃ記事にはできないな。」
「ああ。」
記者も笑う。
「だから聞くんだよ。」
そのとき、記者クラブの入口から声が飛んだ。
「おい、総理が会見を行うらしいぞ。」
一瞬、室内が静まる。
「総理が?」
「いつだ。」
「17時。」
椅子が一斉に引かれた。
記者たちが立ち上がり、資料や端末を手に取る。
電話を掛ける者。
端末へ向かう者。
資料を抱えて部屋を出ていく者。
慌ただしい足音が廊下へ流れ出していった。
◇
17:00
首相官邸 記者会見室。
藤堂総理が演台へ立った。
無数のカメラが一斉に向けられる。
シャッター音が続いた。
総理は正面を見る。
「昨日、大阪上空に出現した現象について、政府は関係機関と連携し、継続して観測と解析を行っています。」
「現時点において、人的被害は確認されていません。」
「また、現象に起因する熱、電磁的異常、その他の物理的影響についても、現在まで確認されていません。」
「政府としては、引き続き情報収集と分析を進め、国民の安全確保に万全を期してまいります。」
総理が一礼する。
すぐに手が上がった。
「総理。」
指名された記者が立ち上がる。
「昨日、自衛隊のP-1哨戒機による観測が行われました。政府は昨日以降、この現象について新たな事実を把握しているのでしょうか。」
「現在、各機関において解析を続けています。」
「新たに判明した事実はない、ということでしょうか。」
総理は記者を見る。
「確認された内容については、現在精査中です。」
記者のペンが止まった。
「総理。」
「今、確認された内容とおっしゃいましたが、何か新しい事実が確認されたということでしょうか。」
会見室が静かになる。
総理は一拍置いた。
「観測によって得られた情報全般について申し上げました。」
「では、新たな変化が確認されたということではない?」
「現在、解析を続けています。」
記者は総理を見つめた。
それ以上の答えは返ってこなかった。
別の記者が指名される。
「大阪では自主的に避難する市民も出ています。政府として、大阪府民に避難を呼びかける考えはありますか。」
「現時点で、政府から避難をお願いする状況にはありません。」
「安全だと判断しているということでしょうか。」
「安全であるとも、危険であるとも判断できる段階にはありません。」
会見室がざわつく。
「では、なぜ避難を呼びかけないのでしょうか。」
「現時点で、避難をお願いする根拠となる事象が確認されていないためです。」
「今後、避難を呼びかける可能性は。」
「状況に変化があれば、必要な対応を取ります。」
さらに手が上がる。
「総理。」
「海外との情報共有はどこまで進んでいますか。」
「各国から情報提供や共同調査の申し入れを受けています。確認された情報については、必要に応じて共有していきます。」
「アメリカとは本日、首脳電話会談を行われましたね。」
「はい。」
「アメリカ政府には、日本政府が把握している情報をすべて共有したのでしょうか。」
一瞬。
総理の表情は変わらなかった。
「必要な情報共有を行っています。」
「すべてですか。」
「必要な情報共有を行っています。」
同じ答えだった。
◇
会見が終わる。
藤堂総理が演台を離れた。
記者たちは一斉に端末へ向かう。
先ほどの記者は、すぐには動かなかった。
手元のメモを見る。
『確認された内容については、現在精査中』
『安全であるとも、危険であるとも判断できない』
『必要な情報共有』
三つの言葉に線を引く。
隣の記者が声を掛けた。
「どうだった。」
「……何かある。」
「根拠は?」
記者はしばらくメモを見つめた。
「まだない。」
ペンを置く。
「でも、何も分かってない人間の答え方じゃない。」
会見室のモニターでは、先ほどの総理会見がすでにニュースとして流れ始めていた。




