第十七話 伏せられた時刻
2027年3月11日(木) 14:06
首相官邸 官邸対策室。
日米首脳を結ぶ専用回線がつながった。
同時通訳を介したリード大統領の声が、わずかな間を置いて届く。
『藤堂総理。大阪の状況を心配しています。』
「ありがとうございます。現在のところ、大きな混乱はありません。」
『それを聞いて安心しました。』
マイケル・リード大統領の声は穏やかだった。
『映像はこちらでも見ています。あれだけのものが都市の上空に現れれば、市民の不安も大きいでしょう。』
「はい。一部では自主的に避難する動きも出ています。」
『アメリカとしても、可能な限り協力します。必要なものがあれば言ってください。』
「ありがとうございます。」
『我々も昨日から、衛星を含めて独自に観測を続けています。』
「承知しています。」
わずかな間があった。
『しかし、正直に言えば、こちらもほとんど何も分かっていません。』
総理は黙って聞いていた。
『熱もない。電磁的な異常もない。鳥も通過した。それでも、そこに見えている。』
『我々も、このような現象は初めてです。』
「こちらも同じです。」
『そうですか。』
同時通訳の声が途切れる。
数秒の沈黙。
『昨日から、新しく分かったことはありますか。』
総理は一拍置いた。
「現在も解析を続けています。」
通訳が英語へ置き換える。
返事が届くまで、わずかな間があった。
『現象そのものについても?』
「引き続き観測を続けています。」
『何か、変化はありましたか。』
官邸対策室が静かになる。
総理は机の上の資料へ視線を落とした。
「確認できた内容については、現在精査中です。」
通訳がその言葉を伝える。
今度は、返事がすぐには返ってこなかった。
◇
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
ホワイトハウス。
リード大統領は黙ったまま、目の前に座る補佐官へ視線を向けた。
補佐官も何も言わない。
ただ、わずかに眉を動かした。
日本は何かを知っている。
そう考えるには十分な答えだった。
リードは再び口を開く。
『……そうですか、分かりました。』
◇
首相官邸。
『我々も独自の観測を続けます。』
「お願いします。」
『必要であれば、追加の観測機材や専門家を提供できます。』
「ありがとうございます。」
『観測データについても、引き続き共有をお願いしたい。』
「確認できたものについては、対応します。」
再び短い沈黙が生まれる。
今度は総理が、電話の向こう側を探っていた。
アメリカはどこまで見えている。
何かに気付いているのか。
それとも、こちらの反応を見ているだけなのか。
分からない。
『藤堂総理。』
「はい。」
『我々は同盟国です。』
総理の視線が止まる。
『何か分かれば、知らせてほしい。』
「もちろんです。」
嘘ではなかった。
ただ、今ではない。
『こちらも、分かったことは共有します。』
「お願いします。」
それ以上、どちらも踏み込まなかった。
『では、引き続き協力しましょう。』
「はい。」
会談が終わろうとした、そのときだった。
『それと、もう一つ。』
「何でしょう。」
『こちらから特使を向かわせました。』
総理がわずかに眉を動かす。
「特使を。」
『今後の調整役です。詳しい話は彼としてください。』
「承知しました。」
『対応をお願いします。』
「分かりました。」
回線が切れた。
総理はしばらく専用回線を見つめていた。
官房長官が口を開く。
「特使ですか。」
「……ああ。」
総理は机の上へ視線を戻した。
そこには、大阪府から送られてきた解析結果が置かれている。
1000から始まり。
一定の間隔で減り続ける数字。
そして――
2027年3月17日、12時59分40秒。
0になる。
そのことを、今日の会談では伝えなかった。




