第十六話 世界からの問い
2027年3月11日(木) 08:00
首相官邸 官邸対策室。
総理が室内へ入る。
席にいた者たちが立ち上がった。
「大阪は。」
官房長官が答える。
「一部、避難を始める市民がいます。ただ、大きな混乱には至っていません。」
「他は。」
「全国的に大きな混乱は確認されていません。」
総理は小さくうなずく。
「そうか。」
官房長官が一歩近づいた。
「眠れましたか。」
「少しは。」
短い間があった。
「海外は。」
「各国から問い合わせが相次いでいます。」
「内容は。」
「現象に関する追加情報の照会、観測データの共有要請、共同調査の申し入れが中心です。」
官房長官が資料をめくる。
「各国首脳との電話会談要請も届いています。」
「一部、来日に動いている研究者もいるようです。」
総理は少し考えた。
「午後、アメリカ大統領との電話会談を申し入れてください。」
「分かりました。」
「海外への回答も統一してください。」
官房長官が顔を上げる。
「確認できている事実だけを伝える。それ以外について聞かれた場合は、未確認と回答してください。」
「はい。」
「来日に動いている研究者については、外務省と文部科学省で対応を。」
「伝えます。」
総理は続ける。
「この状況を利用して入国を試みる者が出る可能性があります。」
「出入国在留管理庁と警察庁には、警戒を強めるように。」
「分かりました。」
総理は机の上の資料へ目を落とした。
「人の移動も増えるでしょう。」
官房長官が黙って聞く。
「関西を離れる人、日本を出る人も出てくる。」
「国土交通省には、交通機関の状況を注視させてください。混乱が生じるようなら、すぐに報告を。」
「はい。」
指示が途切れた。
官房長官が手元の資料を閉じる。
「総理。」
「何です。」
「対策本部へ移行しますか。」
総理の視線が止まった。
室内が静かになる。
官邸対策室のままでは、動かせる人間にも限界がある。
対策本部へ移行すれば、関係省庁との連携は早くなる。
その一方で――知る者も増える。
大阪府から報告された、あの数字。
まだ検証中とはいえ、もし事実なら。
6日後。
あの紋様は、0になる。
総理はしばらく答えなかった。
「……まだです。」
官房長官は何も言わない。
「今は、このままで。」
「分かりました。」
総理は机の上の資料へ視線を戻した。
何を知らせるのか。
誰に知らせるのか。
そして、いつまで知らせずにいられるのか。
その答えは、まだ誰も持っていなかった。




