第十五話 変わった朝 ――残り6日
2027年3月11日(木) 07:18
◇
テレビからニュースキャスターの声が流れていた。
『大阪上空に出現した巨大な紋様は、現在も同じ位置に留まっています。政府は引き続き観測を続けています。』
画面には、昨日から見慣れた巨大な紋様が映し出されている。
テーブルの上には、ほとんど手の付けられていない朝食。
母親は箸を持つこともなく、ただテレビを見つめていた。
「ママ。」
幼い子どもがリビングへ入ってくる。
「今日は学校?」
母親はテレビから目を離さない。
「今日もお休み。」
「やった。」
子どもは無邪気に笑う。
その笑顔を見ても、母親は笑い返すことができなかった。
テレビでは専門家による議論が続いていた。
原因は分からない。
危険性も分からない。
分かっているのは、巨大な紋様が昨日から一度も消えていないということだけだった。
画面が街頭インタビューへ切り替わる。
『昨日はびっくりしましたけど、今日も何も起きてないじゃないですか。』
若い男性が笑いながら答える。
『SNSで、この模様と写真を撮ったら幸せになるって見たんですよ。』
隣の友人も笑う。
『だからこれから撮りに行こうかなって。』
インタビュアーが尋ねた。
『怖くはないんですか?』
『いや、今日も何も起きてないし、大丈夫じゃないですか。』
画面はスタジオへ戻った。
母親は小さく眉をひそめる。
――大丈夫。
その一言だけが、胸に引っ掛かった。
母親は静かにスマホを手にする。
少し迷い、実家へ電話を掛けた。
『もしもし。』
「お母さん。」
『うん。』
「ニュース見てる?」
『朝からずっと見てるよ。』
少しだけ沈黙が流れる。
「そっちに行ってもいいかな。」
電話の向こうも黙っていた。
『もちろん。』
『いつでもおいで。』
母親は小さく息を吐いた。
「ありがとう。」
電話を切る。
「ママ?」
子どもが見上げる。
母親はようやく笑顔を作った。
「おばあちゃんの家に行こうか。」
「ほんと?」
「うん。」
子どもは嬉しそうに自分の部屋へ駆けていった。
◇
同じ頃。
大阪市内。
駅のホームには通勤客が並んでいた。
昨日より明らかに人は少ない。
学生の姿はほとんど見当たらない。
在宅勤務へ切り替えた企業もあれば、自宅待機を指示した会社もある。
それでも、多くの人はいつもどおり会社へ向かっていた。
「結局、俺たちの会社は通常勤務か……。」
スーツ姿の男性がつぶやく。
隣の同僚が苦笑した。
「在宅勤務の会社も結構あるみたいだけどな。」
「うらやましいよ。」
「まあ、仕事があるだけありがたいと思うしかないか。」
ホームへ電車が滑り込む。
ドアが開く。
乗り込む人の数も、いつもの朝より少なかった。
発車ベルが鳴る。
電車がゆっくりと動き出す。
窓の向こうには、巨大な紋様が昨日と変わらず大阪上空に浮かんでいた。
誰もが一度だけ空を見上げる。
そして、それぞれの日常へ戻っていった。




