第十四話 残された時間
2027年3月10日(水) 15:18
大阪府庁 危機管理室。
机の上には、時系列に並べられた44枚の画像が広がっていた。
そのすべてに、未知の数字が記録されている。
「出現直後の画像を、もう一度見せてください」
職員の1人が、列の先頭に置かれた2枚を手元へ引き寄せた。
最初に撮影された画像。
そして、最初の変化が確認された直後の画像。
2枚を並べ、同じ位置を見比べる。
「出現した時は、4つの記号が並んでいます」
職員が、最初の画像を指した。
「左端だけが異なる形で、残る3つはすべて同じ形です」
指が、隣の画像へ移る。
「ですが、最初の変化で左端の記号が消えています」
知事が2枚の画像を見比べる。
「3桁になったということか」
「はい。そして、残った3つの記号が、すべて同じ別の形に変わっています」
職員は紙を取り出し、2つの数字を書いた。
1000
999
「これまでに確認した桁の動きと照らし合わせると、最初の変化は、この変化に相当します」
別の職員が、時系列に並んだ画像へ目を走らせた。
「では、その次は……」
「998に相当します。その次が997。以降も、同じ規則で変化しています」
室内が静まり返る。
知事は、紙に書かれた数字を見つめた。
「1000から、減っている……」
知事は、紙に書かれた1000という数字へ目を落とした。
「このまま0まで減り続けるとしたら……あと、どれくらいだ」
一瞬、誰も答えなかった。
「まず、変化の間隔を測りましょう」
職員は、モニターに録画映像を映し出した。
隣にいた職員が、ストップウォッチを構える。
映像が再生された。
巨大な紋様は、画面の中で微動だにせず浮かび続けている。
誰も口を開かない。
全員の視線が、モニターとストップウォッチへ注がれていた。
そして――。
カチッ。
「スタート」
ストップウォッチが動き始めた。
秒数だけが進んでいく。
1分。
2分。
5分を過ぎても、誰も動かなかった。
数字は変わらない。
巨大な紋様も、ただ空に浮かび続けている。
やがて、表示が10分を超えた。
その瞬間――。
カチッ。
紋様の一部が、別の形へと変わった。
「止めます」
職員がストップウォッチを止める。
表示を確認し、顔を上げた。
「10分24秒です」
「もう一度」
再び映像が再生される。
同じ作業が繰り返された。
誰も席を離れない。
そして、次の変化。
結果は、ほとんど変わらなかった。
「約10分24秒ごとに、1つ減少しています」
知事は、紙に書かれた1000という数字と、ストップウォッチの表示を交互に見た。
「0になるのは、いつだ」
「……」
その時、職員の1人が口を開いた。
「数学に強い奴がいます」
知事が顔を上げる。
「呼んでくれ」
数十秒後、1人の若い職員が危機管理室へ駆け込んできた。
「失礼します」
何が起きているのか分かっていない。
知事は、計算式の書かれた紙を差し出した。
「悪い。この式を計算してくれ」
「はい」
若い職員は黙って紙を受け取った。
近くの机へ座ると、新しい紙を取り出し、式を書き始める。
電卓を打つ音だけが、静かな室内に響く。
誰も声を掛けない。
全員が、その手元を見つめていた。
やがて、若い職員の手が止まる。
紙に書き出した数字を確認し、立ち上がった。
「できました」
知事は差し出された計算用紙に目を落とした。
室内が静まり返る。
「……もう一度」
「え?」
若い職員は思わず知事を見た。
「もう一度、計算してくれ」
「……はい」
新しい紙を取り出し、もう一度、最初から式を書き始める。
電卓を打つ。
紙に書き出す。
確認する。
もう一度、確認する。
計算を終えると、若い職員は両手に2枚の計算用紙を持って、知事の前へ歩み寄った。
「できました」
一拍置いて、口を開く。
「……同じです」
危機管理室の空気が凍りつく。
若い職員だけが、何が起きているのか分からないまま立ち尽くしていた。
知事はゆっくりと顔を上げる。
「官邸へ」
◇
総理官邸 官邸対策室。
「大阪府から緊急連絡です」
職員の声に、室内の空気が張り詰めた。
藤堂総理は、机のマイクのボタンを静かに押す。
「私だ」
『高城です』
知事の声が、官邸対策室に響いた。
『紋様の一部が、数字を表している可能性があります』
『10進数と同じ構造で、出現時の表示は1000に相当するとみられます』
『約10分24秒ごとに1つ減少しており、このまま進めば、3月17日の13時頃に0となります』
室内にいた全員が、その報告に耳を傾ける。
藤堂総理は、無言のまま聞いている。
『以上です』
数秒の沈黙が流れた。
「……分かった」
藤堂総理は通信を切ると、室内を見渡した。
「各機関で確認してください」
その一言で、官邸対策室が一斉に動き出した。
理化学研究所。
JAXA。
国立天文台。
大学研究機関。
解析可能な機関へ、これまでに集められた観測データが送られていく。
◇
数時間後。
総理官邸 官邸対策室。
1人の職員が、手元の資料を持って立ち上がった。
「各機関から、速報値が届きました」
室内が静まり返る。
「いずれも、大阪府から報告のあった内容と一致しています」
職員は資料をめくった。
「出現時の表示は、10進数に換算すると1000。以後、正確には10分23.8秒ごとに1つ減少しています」
さらに1枚、資料をめくる。
「カウントが0となる時刻は――」
職員は一度、資料へ目を落とした。
「2027年3月17日、12時59分40秒です」
誰1人、口を開かなかった。
藤堂総理は資料から目を離さない。
「……このカウントダウンは」
室内の誰もが、総理を見つめる。
「始まりへ向かっているのか」
沈黙。
「それとも――終わりへ向かっているのか」
その問いに、答えを持つ者はいなかった。
◇
◇
大阪上空。
夕暮れの空に、巨大な紋様は静かに浮かんでいた。
風だけが流れる。
そして――。
カチッ。
数字が、静かに1つ減った。
第一部 完
第一部を最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ここまでお付き合いいただけたこと、本当に嬉しく思います。
次話より第二部「カウントダウン」。
カウント0に向かって、事態は目まぐるしく動き始めます。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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