第六十四話 団長の願い
「ふざけるな!!」
シモンの怒声が響いた。
今までで一番大きな声だった。
世界が震えるほどの怒鳴り声。
アーサーの身体が光へ変わっていく。
肩から。
腕から。
少しずつ。
存在そのものが粒子へ変わり始めていた。
それでも。
アーサーは笑っている。
百年前と同じ。
どこか諦めたような笑顔。
だからシモンは余計に腹が立った。
「何勝手に終わろうとしてんだ!」
アーサーは答えない。
世界樹の光だけが強くなる。
「お前いつもそうだ!」
シモンは叫ぶ。
「百年前も!」
「今回も!」
「全部一人で抱え込んで!」
蒼雷が唸る。
雷光が暴れる。
感情に呼応するように。
世界樹すら震えていた。
「俺達を頼れよ!!」
沈黙。
その言葉に。
アーサーの笑みが少しだけ揺らいだ。
ヴァルクが前へ出る。
大剣を肩へ担ぎながら。
「その通りだ」
珍しく真面目な顔だった。
「俺達は何のためにここまで来た」
エリオスも笑う。
だが。
その目は笑っていない。
「百年待たせてそれかよ」
カインが静かに剣を下ろす。
「団長」
その呼び方に。
アーサーの肩が僅かに震えた。
百年前。
攻略組の誰もがそう呼んでいた。
「一人で決めるのは昔から悪い癖だ」
攻略組全員が頷く。
誰も反対しない。
ガルドも。
ミリアも。
目覚めた仲間達も。
全員が同じ顔をしていた。
アーサーは困ったように笑う。
「お前らなぁ……」
その時だった。
ゼロが見ていた。
静かに。
興味深そうに。
まるで珍しい生き物を見るように。
『理解できない』
黄金の瞳が細まる。
『何故止める』
『合理的だ』
『一人を失い世界を救う』
『最適解だ』
シモンは振り返る。
ゼロを見る。
そして。
笑った。
「だからお前は分かってない」
『何?』
「レイドでな」
蒼雷を握る。
雷光が走る。
「最適解なんて一番つまらねぇんだよ」
ゼロが沈黙する。
理解できない。
本当に。
理解できないという顔だった。
シモンは続ける。
「誰も死なない方法を探す」
「全員で帰る方法を探す」
「無理だって言われてもやる」
「だから攻略なんだ」
攻略組が笑う。
懐かしかった。
百年前。
何度も聞いた言葉だった。
無茶苦茶な理論。
無謀な発想。
でも。
何度も世界を変えた言葉。
その時だった。
世界樹が揺れる。
『契約者』
静かな声。
『方法があります』
全員が振り向く。
アーサーも。
ゼロでさえ。
世界樹を見る。
『成功確率は極めて低い』
『ですが可能です』
シモンの目が細くなる。
「何だ」
世界樹の光が広がる。
根が脈打つ。
アルファが咆哮する。
そして。
世界樹は告げた。
『本来』
『世界召喚とは』
『一人が犠牲になる術ではありません』
沈黙。
アーサーが目を見開く。
世界樹が続ける。
『全てを繋ぐ術です』
光が広がる。
攻略組。
守護者。
終焉の王。
世界樹。
そして。
二百七十四の魂。
全員へ光の糸が繋がる。
『一人で支えるから壊れる』
『全員で支えれば壊れない』
シモンの胸が高鳴る。
世界樹が言いたいことが分かった。
アーサー一人が柱になる必要はない。
全員で柱になればいい。
百年間。
一人で背負ってきたものを。
皆で分ければいい。
ヴァルクが笑った。
「それだ」
エリオスも笑う。
「最初からそうしろよ」
ガルドが盾を掲げる。
「乗った」
ミリアも杖を構える。
「もちろんです」
攻略組全員が武器を掲げる。
百年越しの仲間達。
誰一人迷わない。
そして。
アーサーだけが。
呆然としていた。
百年間。
誰にも頼れなかった男。
誰にも背負わせられなかった男。
その男へ。
シモンが手を伸ばす。
「団長」
アーサーが顔を上げる。
「今度は」
シモンが笑った。
百年前。
無茶なレイドへ飛び込む時の笑顔。
「一人でやるな」
沈黙。
長い沈黙。
そして。
アーサーは。
本当に百年ぶりに。
肩の力を抜いて笑った。
「……仕方ねぇな」
その瞬間。
世界樹の光が爆発する。
攻略組。
守護者。
世界樹。
アーサー。
全てが一つへ繋がる。
そして。
それを見たゼロの表情が初めて変わった。
笑みが消える。
黄金の瞳に浮かぶもの。
それは焦りでも恐怖でもない。
もっと別の感情だった。
『なるほど』
静かな声。
『それが答えか』
虚無が膨れ上がる。
終末の門が完全に開く。
ゼロの本気。
世界誕生以来。
誰も見たことのない終焉が姿を現そうとしていた。
最終決戦は。
ここから本当の意味で始まる。




