第五十七話 団長
アーサーの瞳が開いた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
百年間閉じられていた瞳が。
黄金色の光を宿して開く。
その瞬間だった。
世界樹の根が震える。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――
巨大な根が脈打つ。
侵食が暴れる。
虚無喰らいが咆哮した。
『目覚めるな』
『目覚めるな』
『目覚めるな』
初めてだった。
虚無喰らいが恐怖を見せたのは。
シモンの背筋を冷たいものが走る。
理解した。
アーサーは核ではない。
鍵でもない。
もっと別の何かだ。
世界樹が静かに告げる。
『最初の契約者です』
空気が止まる。
シモンが振り返る。
『何だって』
世界樹の光が揺れる。
『世界樹と最初に契約した人間』
『それがアーサーです』
誰も言葉を発せなかった。
ヴァルクも。
エリオスも。
カインでさえ。
知らなかった。
『サービス終了の日』
『世界が崩壊する直前』
『彼は選びました』
『自分を代償に』
『世界を残すことを』
アーサーの身体に絡み付く根。
それは拘束ではなかった。
融合だった。
百年間。
アーサーは世界樹と一体化しながら。
世界を支えていた。
たった一人で。
『馬鹿だな』
ヴァルクが呟く。
震える声だった。
『本当に』
エリオスも笑う。
『俺たちの団長だ』
シモンは何も言えなかった。
百年前。
最強だった男。
誰よりも前を走った男。
その男が。
誰にも知られず。
百年間。
世界を支えていた。
その時だった。
アーサーが顔を上げる。
瞳がシモンを見る。
そして。
百年前と同じように。
少しだけ笑った。
『よう』
その一言だった。
シモンの胸の奥で何かが切れた。
「馬鹿野郎」
思わず叫ぶ。
「何やってんだお前」
アーサーが苦笑する。
『仕方なかった』
「百年だぞ」
『知ってる』
「一人で抱えるな」
『知ってる』
「だったら!」
シモンの声が震える。
怒りだった。
悲しみだった。
悔しさだった。
百年。
長すぎる。
誰もそんな時間を背負うべきじゃない。
だが。
アーサーは笑った。
昔と同じように。
『だから待ってた』
静かな声だった。
『お前らが来るのを』
沈黙。
その言葉に。
誰も返せなかった。
アーサーだけじゃない。
レオンも。
終焉の王も。
フェンも。
ヴァルクも。
皆待っていた。
百年。
ひたすら。
その時だった。
黒いアーサーが動く。
『排除』
漆黒の剣が持ち上がる。
周囲の空間が崩壊する。
最強の残影。
虚無喰らいが作り上げた守護者。
だが。
本物のアーサーはそれを見て笑った。
『なるほど』
黄金の瞳が細まる。
『俺か』
黒いアーサーが突撃する。
消える。
次の瞬間。
本物のアーサーの首を狙う。
必殺の斬撃。
攻略組全員が息を呑む。
だが。
本物は動かなかった。
いや。
動いたことすら見えなかった。
キィン――
乾いた音。
気付けば。
黒いアーサーの剣が止まっていた。
二本の指。
それだけで。
受け止められていた。
世界が静まる。
誰も動けない。
ヴァルクが口を開く。
「……おい」
エリオスも固まっていた。
「嘘だろ」
黒いアーサーは強い。
今まで全員を圧倒していた。
だが。
本物は違った。
格が違った。
次元が違った。
アーサーは黒い残影を見つめる。
『懐かしいな』
そして。
指を弾いた。
パキン。
小さな音。
それだけだった。
次の瞬間。
黒いアーサーの剣が砕ける。
腕が砕ける。
鎧が砕ける。
全身に亀裂が走る。
『――――』
言葉にならない声。
そして。
黒い残影は。
光となって消えた。
攻略組全員が絶句する。
百年前。
誰も超えられなかった男。
ランキング一位。
最強。
その意味を。
今になって思い知らされた。
だが。
アーサーは勝ったわけではなかった。
その身体は。
さらに透けていた。
黄金の光が零れている。
世界樹が震える。
『時間がありません』
シモンの表情が変わる。
世界樹の根の奥。
さらに深く。
さらに暗い場所。
そこから。
巨大な鼓動が響いた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
虚無喰らいの本当の核。
今まで隠されていた中心。
それが。
ついに目覚めようとしていた。




