第五十六話 百年越しの総力戦
黒い空が震えていた。
虚無喰らいが怒っている。
百年間。
誰一人届かなかった場所。
誰一人壊せなかった牢獄。
その最深部で。
失われた魂たちが目を覚まし始めている。
あり得ない。
本来なら。
絶対に起きてはならない事態だった。
『許さない』
無数の瞳が開く。
世界が軋む。
結晶群の奥。
巨大な虚無が蠢く。
『全て喰らう』
『全て消す』
『全て沈める』
その咆哮に呼応するように。
黒いアーサーが動いた。
ドォォォォォォォォォン!!
大地が吹き飛ぶ。
空間が砕ける。
その姿が消えた。
速い。
シモンですら視認できない。
だが。
その前へ一人の男が立った。
ガルドだった。
ランキング十五位。
攻略組最強の盾。
巨大な塔盾を構える。
「久しぶりの仕事だな」
豪快に笑う。
その瞬間。
黒いアーサーの剣が振り下ろされた。
轟音。
世界が揺れる。
普通なら山ごと消し飛ぶ一撃。
だが。
ガルドは動かなかった。
巨大な盾が光る。
黄金の魔法陣が幾重にも展開する。
「止めるのが俺の仕事だ」
ガァァァァァァァン!!
衝撃波が吹き荒れる。
草原が吹き飛ぶ。
結晶群が震える。
それでも。
ガルドは一歩も退かなかった。
黒いアーサーが初めて目を細める。
『防御特化個体』
「個体じゃねぇよ」
ガルドが笑う。
「ガルドだ」
次の瞬間。
後方から無数の魔法陣が展開した。
ミリアだった。
銀髪が舞う。
涙を拭う暇もなく杖を掲げる。
「百年間待たせましたね」
空を埋め尽くす魔法陣。
一つや二つではない。
数百。
数千。
百年前。
攻略組最強魔導士。
ランキング九位。
彼女の本気だった。
「消し飛びなさい」
空が光る。
直後。
数千の光槍が降り注いだ。
ドォォォォォォォォォォォォン!!
爆発。
閃光。
衝撃。
黒いアーサーが初めて後退する。
わずか半歩。
だが。
それだけで十分だった。
攻略組が笑う。
「あのアーサーが下がったぞ」
「百年ぶりだな」
「見物だ」
懐かしい声が響く。
百年前。
何度もレイドで聞いた声。
そして。
シモンは気付く。
皆笑っている。
百年間。
苦しみ続けたはずなのに。
ようやく。
戦えることが嬉しいのだ。
仲間と一緒に。
再び。
その時だった。
「シモン」
カインの声。
振り向く。
巨大結晶の中心。
黄金の光が揺れている。
だが。
さっきより薄い。
明らかに。
消耗していた。
「急げ」
カインが言う。
表情は穏やかだった。
だが。
シモンには分かった。
残された時間は少ない。
「まだ終わってないだろ」
シモンが言う。
「終わらせる気もない」
カインは笑った。
「お前らしいな」
そして。
結晶の奥を見つめる。
最深部。
虚無喰らいの核。
そのさらに先。
「見えるか」
シモンも目を凝らす。
そして。
息を呑んだ。
そこにあった。
巨大な根。
無数の光を放つ樹木の根。
世界樹だった。
だが。
知っている世界樹とは違う。
大きい。
圧倒的に。
星そのものを貫いているような巨大さ。
世界そのものを支える柱。
いや。
根源。
『あれが本体です』
世界樹が静かに告げる。
シモンの胸の中で。
緑の光が揺れる。
『私は種に過ぎません』
『本来の世界樹はあちらです』
全員が息を呑む。
世界そのものを支える樹。
それが虚無喰らいに侵食されている。
根の半分以上が黒く染まっていた。
腐敗。
侵食。
虚無。
ゆっくりと。
確実に。
世界を食い潰している。
『あれが完全に侵食されれば』
世界樹の声が重くなる。
『全て終わります』
沈黙。
誰も言葉を発しない。
世界。
歴史。
命。
記憶。
未来。
全て。
消える。
そして。
その根の中心。
最も深い場所に。
何かがいた。
人影。
巨大な根に縛られている。
全身を侵食に覆われている。
だが。
シモンは知っていた。
見間違えるはずがない。
百年前。
最後まで最前線に立ち続けた男。
攻略組団長。
ランキング一位。
本物のアーサーだった。
「……アーサー」
シモンが呟く。
その瞬間。
根の中心で。
眠り続けていたアーサーの瞳が。
ゆっくりと開いた。




