第五十四話 最強の残影
空気が変わった。
いや。
世界そのものが変わった。
巨大結晶の前。
静かに立つ黒い騎士。
その姿はアーサーだった。
百年前。
誰も追い付けなかった男。
ランキング一位。
攻略組団長。
最強。
その象徴。
だが。
目の前にいる存在は違う。
似ているだけだ。
姿を真似ただけの怪物。
それなのに。
シモンの背中を冷たい汗が流れた。
強い。
理屈抜きで分かる。
今まで戦ってきた守護個体とは格が違う。
アビスドラゴンですら前座に思えるほどの圧力。
『排除対象確認』
黒いアーサーが剣を持ち上げる。
『攻略組』
『脅威認定』
『殲滅開始』
次の瞬間だった。
消えた。
視界から。
完全に。
「ッ!!」
シモンが反応した時には遅い。
剣が振り下ろされていた。
ガァァァァァァァァン!!
蒼雷が悲鳴を上げる。
凄まじい衝撃。
腕が痺れる。
骨が軋む。
身体ごと吹き飛ばされる。
地面を何度も跳ねる。
数十メートル。
いや。
百メートル近く。
ようやく止まった。
「がっ……!」
息が詰まる。
重い。
今まで戦った誰よりも。
純粋に強かった。
ヴァルクが咆哮する。
「シモン!!」
大剣を振り上げる。
全力。
容赦なし。
山を叩き割る一撃。
だが。
黒いアーサーは片手で受け止めた。
ギィィィィィィン!!
大剣が止まる。
ヴァルクの顔色が変わる。
あり得ない。
百年前のアーサーでもここまではしない。
だが。
目の前の怪物は。
平然としていた。
『脅威度低』
そして。
拳。
たったそれだけ。
ドォォォォォォォォォン!!
ヴァルクが吹き飛ぶ。
大地が砕ける。
草原を転がる。
岩山を突き破る。
それでも止まらない。
ようやく数百メートル先で止まった。
エリオスが飛び込む。
双剣。
高速連撃。
百年前。
攻略組最速と呼ばれた剣技。
残像が幾重にも重なる。
普通なら避けられない。
だが。
黒いアーサーは全て見切った。
一歩。
たった一歩。
踏み出す。
それだけでエリオスの間合いへ侵入した。
『遅い』
剣が閃く。
一撃。
エリオスの身体が吹き飛ぶ。
黒い翼が砕ける。
地面へ叩きつけられる。
「っぐ……!」
血を吐く。
シモンの顔が険しくなった。
強い。
あまりにも。
百年前。
アーサーが最強だった理由。
それはステータスじゃない。
レベルでもない。
技術だった。
誰よりも冷静。
誰よりも正確。
誰よりも戦いを知っていた。
目の前の怪物は。
その戦闘技術だけを極限まで抽出した存在だった。
世界樹が震える。
『危険です』
『非常に危険です』
珍しかった。
世界樹がここまで警告するのは。
『あれは記憶です』
『百年前の最強を再現した存在』
『虚無喰らいが保存していた戦闘情報の集合体』
つまり。
攻略組が最も知る敵。
最も勝率が低い敵。
百年前。
何度挑んでも勝てなかった壁。
それが目の前にいる。
カインが結晶の中で苦笑した。
『なるほどな』
『嫌がらせとしては満点だ』
ヴァルクが立ち上がる。
血を吐きながら。
それでも笑う。
「最悪だな」
エリオスも笑う。
「本当に最悪だ」
だが。
二人とも逃げない。
百年前からそうだった。
無理な敵。
勝てない敵。
だから逃げる。
そんな選択肢は最初から存在しない。
シモンが蒼雷を握り直す。
青い雷光が走る。
その時だった。
黒いアーサーが止まる。
ゆっくり。
シモンを見る。
そして。
初めて感情らしきものを見せた。
『召喚士』
低い声。
『最優先排除対象』
瞬間。
世界が揺れた。
空間が割れる。
シモンの周囲へ無数の剣が出現する。
一本や二本ではない。
千。
万。
数え切れない。
全てがアーサーの剣技。
全てが必殺。
シモンは理解した。
今までの攻撃は。
まだ本気じゃなかった。
ヴァルクの顔色が変わる。
エリオスも叫ぶ。
「避けろ!!」
だが。
シモンは動かなかった。
いや。
動けなかった。
完全に捕らえられている。
死。
その文字が脳裏をよぎった。
その瞬間だった。
巨大結晶が光る。
眩い黄金色。
カインだった。
百年間沈黙していた攻略組副団長が。
初めて立ち上がる。
『シモン』
静かな声。
だが。
力強い声だった。
『お前は昔から変わらんな』
黄金の光が広がる。
結晶全体を包み込む。
黒い鎖が軋む。
砕け始める。
虚無喰らいが咆哮した。
『やめろ』
『動くな』
『貴様は核だ』
だが。
カインは笑った。
百年前。
誰よりも仲間を支えた男の笑顔。
『レイドリーダー代理として命令する』
シモンが目を見開く。
懐かしい言葉だった。
攻略組。
緊急時。
アーサー不在時。
全員へ指示を出していた男。
その声が響く。
『総員』
黄金の光が爆発する。
『攻略開始だ』
その瞬間。
巨大結晶に走っていた無数の亀裂が。
一気に広がった。




