第五十二話 全員生還
虚無喰らいが咆哮した。
世界そのものが揺れる。
黒い空が裂ける。
無数の結晶が震える。
『理解不能』
『理解不能』
『理解不能』
怒りだった。
百年間。
数え切れない世界を喰らってきた存在。
生命を喰らい。
文明を喰らい。
歴史を喰らい。
希望を喰らってきた存在。
そんな虚無喰らいにとって。
シモンの言葉は理解できなかった。
『何故だ』
巨大な瞳が開く。
結晶群の上空。
世界そのものを見下ろすような巨大な眼。
『救えない』
『不可能だ』
『失敗する』
『諦めろ』
シモンは鼻で笑った。
「だからレイドなんだろ」
蒼雷が唸る。
青い雷光が空を走る。
『何だと』
「成功率百パーセントの攻略なんて面白くもない」
ヴァルクが吹き出した。
エリオスが腹を抱える。
「言うと思った」
「絶対言うと思った」
二人とも笑っている。
百年前。
何度も聞いた言葉だった。
無茶なボス。
理不尽なギミック。
全滅寸前のレイド。
そんな時ほど。
シモンは楽しそうだった。
「レオンが聞いたら頭抱えるぞ」
ヴァルクが笑う。
「もう抱えてるだろ」
エリオスも笑う。
その瞬間だった。
結晶群が一斉に脈打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
嫌な音。
世界樹の光が揺れる。
『来ます』
緑の声が響く。
直後。
無数の結晶が砕けた。
パキィィィィィィン!!
世界が震える。
結晶の中から。
人影が現れる。
一体。
二体。
十体。
二十体。
数え切れない。
攻略組。
レイド参加者。
百年前に消えた仲間達。
だが。
様子がおかしい。
瞳が黒い。
全身を侵食が覆っている。
虚無喰らいの兵士だ。
「最悪だな」
ヴァルクが呟く。
エリオスも顔をしかめる。
知っている顔ばかりだった。
百年前。
一緒に戦った仲間達。
酒を飲んだ仲間達。
笑い合った仲間達。
その全員が敵になっている。
そして。
その中央。
さらに巨大な結晶が現れた。
黒い結晶。
他の数十倍。
いや。
数百倍。
脈打っている。
心臓のように。
世界樹の声が震えた。
『あれです』
シモンの目が細くなる。
『虚無喰らいが集めた魂の中枢』
『全ての鎖の中心』
空気が重くなる。
もし。
あれを壊せば。
全員を解放できる。
だが。
同時に。
失敗すれば。
全員消える。
二百七十四人。
百年前の仲間達。
その全てが。
「なるほどな」
シモンが呟く。
虚無喰らいが笑った。
『選べ』
無数の口が開く。
『核を壊せば全員消える』
『壊さなければ救えない』
『選べ』
『選べ』
『選べ』
悪趣味だった。
本当に。
最低だった。
だから。
シモンは笑った。
「選ばねぇよ」
虚無喰らいが止まる。
『何?』
「両方やる」
沈黙。
世界が静まり返った。
ヴァルクが頭を抱える。
エリオスも顔を覆う。
「あー」
「始まった」
攻略組名物。
シモンの無茶振り。
レオンが胃痛になる原因。
百年前から何一つ変わらない。
「お前」
ヴァルクが呆れる。
「作戦あるのか」
「ない」
即答だった。
「でも何とかなる」
エリオスが笑う。
「本当に変わってねぇな」
だが。
その時だった。
結晶群の奥。
一つの光が輝いた。
小さな光。
続いて。
もう一つ。
さらに一つ。
無数の光。
結晶の中で眠る魂達だった。
彼らが反応している。
シモンの言葉に。
『……攻略組』
小さな声。
知らない男だった。
『まだ……いるのか』
別の声。
『シモン……?』
『ヴァルク……?』
『エリオス……?』
次々と響く。
消えかけていた魂達が。
百年ぶりに目を覚まし始める。
世界樹の光が広がる。
そして。
シモンは気付いた。
結晶群のさらに奥。
最も深い場所。
誰よりも強い光。
誰よりも巨大な魂。
そこに一人の男がいる。
世界樹が静かに告げる。
『契約者』
『あの方です』
シモンの瞳が大きく開く。
百年前。
最終レイドで最後まで消息不明だった男。
ランキング二位。
攻略組副リーダー。
レオンと並ぶ最前線の英雄。
そして。
シモン達の世代が最も頼りにしていた男。
巨大な結晶の中で。
その男は静かに目を閉じていた。
世界樹の声が響く。
『彼が』
『最後の鍵です』
百年越しの救出レイドは。
さらに大きな局面へ進もうとしていた。




