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第五十一話 救う理由

王座の間。

いや。

ヴァルクの魂の深層。

その空が黒く染まっていた。

無数の結晶。

無数の人影。

百年前に消えた者たち。

攻略組。

生産職。

ヒーラー。

タンク。

魔法使い。

名前も知らないプレイヤーたち。

全員が。

虚無喰らいの中で眠っている。

リリアがここにいたなら。

きっと言葉を失っていただろう。

シモンも。

ヴァルクも。

エリオスも。

しばらく動けなかった。

あまりにも。

重すぎる光景だった。

「……おい」

最初に口を開いたのはヴァルクだった。

珍しく笑っていない。

「何人いる」

世界樹が答える。

『把握できるだけで二百七十四名』

空気が止まった。

二百七十四。

攻略組だけじゃない。

最終レイドへ参加したプレイヤーたち。

その数だった。

『深層にはさらに存在します』

『確認不能です』

エリオスが乾いた笑いを漏らす。

『終わってんな』

誰も否定できなかった。

終わっている。

本当に。

百年間。

誰にも知られず。

苦しみ続けていた。

その時だった。

シモンが歩き出した。

結晶へ向かって。

一つ。

また一つ。

近付いていく。

ヴァルクが眉をひそめる。

「何してる」

シモンは答えない。

最初の結晶へ触れた。

緑の光が広がる。

すると。

記憶が流れ込んできた。

若い女性。

魔法使い。

レイド前。

仲間と笑っている。

料理の話をしている。

ギルドハウス。

何気ない日常。

そして。

最終レイド。

絶望。

恐怖。

悲鳴。

その後。

百年間の闇。

シモンは拳を握る。

次の結晶へ触れる。

今度は男だった。

鍛冶師。

攻略組の装備を作っていた職人。

レオンの剣も。

ヴァルクの大剣も。

その男が作ったものだった。

また次。

また次。

また次。

一人一人。

人生があった。

物語があった。

帰りたかった場所があった。

会いたかった人がいた。

その全てを。

虚無喰らいは喰らった。

ヴァルクが静かに言う。

「やめろ」

シモンは止まらない。

「シモン」

エリオスも言う。

「やめとけ」

それでも止まらない。

また一人。

また一人。

記憶が流れ込む。

百年分の絶望。

百年分の孤独。

百年分の苦しみ。

そして。

全員に共通していたもの。

最後まで諦めていなかった。

誰かが来ることを。

仲間が来ることを。

信じていた。

シモンは目を閉じた。

深く息を吐く。

そして。

振り返った。

「選べって言ったな」

世界樹が静かに揺れる。

『はい』

「救う」

即答だった。

ヴァルクが顔を覆う。

エリオスが天を仰ぐ。

「あーあ」

「言うと思った」

「だろうな」

二人とも分かっていた。

昔からだ。

シモンはそういう男だ。

見捨てられない。

助けられるなら助ける。

無理でも助ける。

だから。

何度も死にかけた。

何度も無茶をした。

それでも。

仲間がいたから乗り越えられた。

世界樹の声が少しだけ柔らかくなる。

『不可能です』

「知ってる」

『成功確率は極めて低い』

「知ってる」

『あなたも消滅する可能性があります』

「知ってる」

沈黙。

そして。

世界樹が小さく笑った。

『本当に変わりませんね』

その瞬間だった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ――

空が揺れた。

結晶群の奥。

黒い空間が裂ける。

巨大な眼が開く。

虚無喰らい。

本体の意識だった。

今までとは違う。

明確な敵意。

殺意。

怒り。

全てが向けられている。

『何故だ』

無数の声が響く。

『理解できない』

『効率が悪い』

『価値がない』

『無意味だ』

世界が震える。

結晶群が揺れる。

『一人を救うために』

『二百を危険に晒す』

『非合理』

『愚行』

『失敗する』

『諦めろ』

シモンは笑った。

久しぶりだった。

百年前のレイド中によくしていた笑顔。

無茶な作戦を思いついた時の顔。

レオンが頭を抱える顔。

ヴァルクが笑う顔。

エリオスが面白がる顔。

そんな時の顔だった。

「だからだよ」

虚無喰らいが沈黙する。

「レイドってのはな」

蒼雷を構える。

青い雷光が走る。

世界樹の光が重なる。

「誰かを見捨てるためにやるもんじゃない」

空気が変わる。

ヴァルクが笑う。

エリオスも笑う。

懐かしかった。

本当に。

懐かしかった。

「全員連れて帰るためにやるんだ」

その瞬間。

結晶群の奥。

眠っていた無数の魂が。

ほんの僅かに光を取り戻した。

そして。

虚無喰らいが初めて。

明確な怒りの咆哮を上げた。

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