第五十話 攻略組最後の悪ガキ
エリオスが立っていた。
黒い翼。
漆黒の鎧。
全身を侵食に覆われながら。
それでも。
顔だけは昔のままだった。
百年前。
攻略組ランキング十二位。
双剣使い。
そして。
レオンを最も頭痛に悩ませた男。
「エリオス……」
シモンが呟く。
怪物となったエリオスが苦笑した。
『よう』
百年前と変わらない声だった。
『久しぶりだな』
ヴァルクが頭を掻く。
「なんでお前までいるんだよ……」
『俺が聞きてぇよ』
少し笑う。
だが。
次の瞬間。
身体が痙攣した。
黒い血管が首筋を走る。
侵食だ。
『ぐっ……』
顔が歪む。
右腕が勝手に動く。
双剣が持ち上がる。
『逃げろ』
エリオスが叫ぶ。
『早く!!』
次の瞬間だった。
ドォォォォォォォォォォン!!
黒い斬撃。
空間そのものが裂ける。
シモンとヴァルクが左右へ飛ぶ。
草原が真っ二つになった。
地平線まで続く裂傷。
リリアが見たら絶句する威力だった。
ヴァルクが冷や汗を流す。
「おい」
「強くなってねぇか」
『百年分だ』
エリオスが苦笑する。
『嫌でも強くなる』
その言葉が重かった。
百年。
ヴァルクと同じだ。
死ぬことも許されず。
侵食に喰われながら。
戦い続けていた。
シモンは蒼雷を構える。
だが。
振れなかった。
目の前にいるのは敵じゃない。
仲間だった。
百年前。
一緒に馬鹿をやった男だ。
その時。
シモンの脳裏に記憶が蘇る。
あるレイドの日。
攻略組全員で古代遺跡を攻略していた。
レオンが真面目に説明する。
「この先には罠がある」
「絶対に触るな」
全員が頷く。
そして。
説明終了から三秒後。
エリオスがスイッチを押した。
遺跡が爆発した。
攻略組全員が吹き飛んだ。
レオンが本気でキレた。
エリオスは笑っていた。
『気になった』
それだけだった。
そんな男だった。
だが。
危険な場所へは真っ先に飛び込んだ。
囮もやった。
救助もやった。
誰かが取り残されれば必ず戻った。
仲間のためなら命を張る。
そういう男だった。
エリオスが笑う。
『覚えてるか』
「ああ」
『あの時』
『レオン泣きそうだったな』
「泣いてない」
『泣いてた』
ヴァルクが即答する。
「泣いてた」
『泣いてたよな』
「泣いてた」
二人とも笑う。
シモンも吹き出した。
こんな状況なのに。
本当に。
どうしようもない連中だった。
だが。
その笑いは長く続かなかった。
エリオスの身体が震える。
黒い翼が広がる。
侵食が強まっている。
虚無喰らいが怒っていた。
『返せ』
『返せ』
『返せ』
無数の声が響く。
エリオスの瞳から光が消え始める。
『まずいな』
ヴァルクが呟く。
シモンも気付いていた。
時間がない。
エリオスの自我が消えかけている。
世界樹が静かに告げる。
『契約者』
緑の光が揺れる。
『彼も同じです』
『魂が深層へ沈んでいます』
シモンの顔が険しくなる。
「助けられるのか」
『可能です』
『ですが』
世界樹の声が重くなる。
『一人救うだけでも奇跡です』
『二人同時は前例がありません』
沈黙。
当然だ。
百年間。
誰も成功していない。
その時。
エリオスが笑った。
『やめとけ』
シモンが睨む。
『俺はいい』
『ヴァルクだけ連れて帰れ』
ヴァルクの顔が歪む。
「馬鹿言うな」
『俺は昔から運が悪かった』
「知るか」
『知ってるだろ』
「知ってる」
即答だった。
『だから諦めろ』
「断る」
エリオスが固まる。
シモンは蒼雷を肩へ担いだ。
百年前。
何度も見た顔だった。
無茶を思い付いた時の顔。
ヴァルクが嫌な予感を覚える。
「おい」
「まさか」
シモンが笑った。
「二人まとめて助ける」
沈黙。
エリオスが呆れる。
ヴァルクも呆れる。
世界樹まで沈黙した。
数秒後。
エリオスが吹き出した。
『ははっ』
笑う。
百年ぶりに。
心から。
『やっぱお前』
『頭おかしいわ』
その瞬間だった。
アビスドラゴンが再び咆哮する。
黒い空が裂ける。
さらに。
その背後。
巨大な黒い結晶群が姿を現した。
一つではない。
二つでもない。
十。
二十。
三十。
無数。
その全ての中に。
人影が見えた。
攻略組。
レイド参加者。
百年前に消えた仲間たち。
虚無喰らいは。
彼ら全員を核の防壁にしていた。
シモンの表情から笑みが消える。
ヴァルクも。
エリオスも。
言葉を失った。
そして世界樹が静かに告げる。
『契約者』
『これが虚無喰らいの本当の防衛機構です』
緑の光が揺れる。
『あなたはこれから』
『百年前に失われた仲間たち全員を救うか』
『見捨てて先へ進むか』
『選ばなければなりません』
その言葉は。
今までで最も残酷な選択だった。




