第四十六話 百年分の一発
初心者エリアの草原。
青空。
白い雲。
柔らかな風。
百年前と何も変わらない景色だった。
だが。
そこにある静けさが逆に痛かった。
シモンはヴァルクを見る。
大の字になって寝転がっている。
昔と同じ。
本当に変わらない。
だが。
近付くと分かった。
酷い有様だった。
鎧は綺麗だ。
身体も傷一つない。
それなのに。
瞳だけが違う。
疲れていた。
百年という時間が。
その瞳の奥に沈んでいた。
「よう」
ヴァルクが空を見たまま言う。
「迎えに来るの遅くね?」
「百年だからな」
「十分遅ぇよ」
「悪かったな」
二人とも笑った。
だが。
長くは続かなかった。
沈黙。
風だけが吹いている。
しばらくして。
ヴァルクが口を開いた。
「なあ」
「何だ」
「外はどうなってる」
シモンは答えなかった。
答えられなかった。
百年間。
世界は壊れ続けた。
仲間は消えた。
レオンは苦しみ続けた。
フェンも侵食された。
終焉の王は絶望した。
そして。
ヴァルク自身も。
百年間苦しみ続けた。
「そうか」
ヴァルクは苦笑した。
「そんな顔するってことは」
「ろくなことになってねぇんだな」
「まあな」
「だろうな」
再び沈黙。
草が揺れる。
雲が流れる。
平和な景色だった。
だからこそ。
余計に辛かった。
ヴァルクがゆっくり起き上がる。
「俺な」
空を見る。
眩しそうに。
懐かしそうに。
「最初は帰れると思ってたんだ」
シモンは黙って聞く。
「一年くらいなら我慢できると思った」
笑う。
乾いた笑いだった。
「十年くらいなら」
「まあレオンもいるしなって」
空を見上げる。
雲が流れていく。
「でもよ」
声が震えた。
「百年は長ぇよ」
シモンは何も言えない。
言葉がなかった。
「最初はな」
ヴァルクは続ける。
「みんなの顔覚えてたんだ」
攻略組。
ギルドメンバー。
レイド仲間。
全員。
鮮明に。
「でも少しずつ」
「忘れるんだよ」
その言葉に。
シモンの胸が痛む。
「名前が消える」
「声が消える」
「顔が消える」
「思い出が消える」
ヴァルクは拳を握った。
「怖かった」
初めてだった。
ヴァルクが弱音を吐いたのは。
百年前。
どんなボスの前でも笑っていた男。
そんな男が。
今だけは。
泣きそうだった。
「最後に残ったのは」
小さく笑う。
「お前らだった」
シモンが顔を上げる。
「レオン」
「フェン」
「アーサー」
「お前」
「その辺だけは消えなかった」
空を見上げながら言う。
「だから耐えられた」
風が吹く。
草原が揺れる。
そして。
ヴァルクは立ち上がった。
「でもな」
笑う。
昔と同じ笑顔だった。
「もう限界なんだ」
その瞬間。
空が割れた。
ゴキリ。
不吉な音。
青空に黒い亀裂が走る。
虚無喰らいだ。
この場所まで侵食が届いている。
草原が黒く染まる。
空が崩れる。
景色が壊れ始める。
世界樹が言っていた。
魂の深層。
ここも安全ではない。
時間切れが近い。
ヴァルクが剣を抜く。
百年前の愛剣。
懐かしい大剣だった。
「さて」
肩へ担ぐ。
「レイド開始だ」
シモンも蒼雷を構える。
黒い亀裂から無数の影が現れる。
人型。
獣型。
竜型。
百年間。
ヴァルクを蝕み続けた侵食そのもの。
「説明しろ」
シモンが言う。
ヴァルクは笑った。
「簡単だ」
空を指差す。
黒い空。
その中心。
巨大な黒い結晶が浮かんでいる。
心臓のように脈打つ結晶。
「あれが俺を縛ってる鎖だ」
ドクン。
ドクン。
ドクン。
嫌な音が響く。
「壊せば終わる」
「壊せなかったら」
「俺ごと終わる」
シモンは鼻で笑った。
「簡単だな」
「だろ?」
二人は笑う。
百年前と同じだった。
理不尽なレイド。
無茶な攻略。
絶望的なボス。
だからこそ燃える。
そんな馬鹿な連中だった。
その時。
黒い軍勢が一斉に襲い掛かってきた。
ヴァルクが大剣を振るう。
轟音。
数十体が吹き飛ぶ。
シモンも駆け出した。
蒼雷が雷鳴を上げる。
青い閃光が闇を切り裂く。
百年ぶりだった。
シモンとヴァルク。
攻略組の悪友コンビ。
背中を預け合う戦いは。
ここからようやく始まる。




