第四十四話 救出レイド
緑の光が広がる。
世界樹の力だった。
ヴァルクを覆う黒い肉が悲鳴を上げる。
ジジジジジッ――
侵食が焼かれていく。
だが。
完全には消えない。
むしろ激しく抵抗していた。
『返せ』
虚無喰らいの声が響く。
『それは我の兵だ』
『我の器だ』
『我の所有物だ』
その言葉を聞いた瞬間。
シモンの目が冷たくなった。
百年前から変わらない。
一番嫌いな言葉だった。
所有物。
道具。
消耗品。
仲間をそう扱う連中が大嫌いだった。
「ふざけるな」
蒼雷が鳴る。
青い雷光が走る。
「こいつはヴァルクだ」
「俺たちの仲間だ」
虚無喰らいの瞳が揺れた。
無数の目が。
一斉にシモンを見た。
『仲間』
『理解不能』
『非効率』
『不要』
『不要』
『不要』
世界が軋む。
その価値観の違いは埋まらない。
だから。
戦うしかない。
その時だった。
ヴァルクの身体が大きく震える。
『ぐぁぁぁぁぁぁぁ!!』
黒い肉が膨張する。
肩が裂ける。
背中が膨らむ。
無数の腕が生える。
巨大な角が伸びる。
鎧が砕け散る。
リリアの顔が青ざめた。
「変身したぁぁぁっ!?」
思わず叫ぶ。
無理もない。
さっきまで騎士だったものが。
今は怪物だった。
三メートル。
四メートル。
さらに膨張する。
黒い肉塊。
剣を握る巨大な異形。
それでも。
胸の中心だけは違った。
そこだけは。
緑の光が残っている。
世界樹の加護だ。
『契約者』
世界樹が告げる。
『あそこです』
シモンも見ていた。
胸の奥。
侵食の中心。
ヴァルクの魂がある場所。
『百年間』
世界樹の声が重くなる。
『彼は抵抗し続けました』
リリアが息を呑む。
百年。
気が遠くなる時間だ。
『普通なら自我は消滅します』
『ですが』
『彼は仲間との記憶を手放さなかった』
シモンの胸が痛む。
攻略組。
レイド。
仲間たち。
それだけで。
百年間耐えたのか。
『だからまだ救えます』
ヴァルクが咆哮する。
『逃げろぉぉぉぉ!!』
声はヴァルクだった。
だが。
身体は止まらない。
巨大な剣が振り下ろされる。
ドォォォォォォォン!!
床が吹き飛ぶ。
空間が裂ける。
シモンは飛び退く。
リリアも転がるように回避した。
「ひぃぃぃぃっ!!」
涙目だった。
だが。
ちゃんと避けている。
最初に出会った頃のリリアなら。
もう気絶していただろう。
シモンは少しだけ笑った。
成長したな。
そう思った。
その時だった。
『主』
フェンの声。
念話だ。
王座の間から繋いでいる。
『聞こえますか』
「ああ」
『長くは持ちません』
向こうも激戦だった。
背後で轟音が響いている。
虚無喰らい本体。
終焉の王。
守護者たち。
世界規模の戦いが続いている。
『急いでください』
『ノアが怒っています』
「何で」
『主が危険な場所へ一人で行ったからです』
シモンは苦笑した。
ノアらしい。
『イグニスは』
『後で酒を奢れと言っています』
「戦闘中だろあいつ」
『平常運転です』
少しだけ笑う。
こんな状況なのに。
不思議と肩の力が抜けた。
そして。
ヴァルクも笑った。
苦しそうに。
本当に苦しそうに。
『あいつら……』
黒い血が流れる。
『相変わらずだな……』
「ああ」
シモンは蒼雷を握る。
「だから助ける」
ヴァルクの瞳が揺れた。
『馬鹿か』
「よく言われる」
『俺も言われた』
「知ってる」
少しだけ。
本当に少しだけ。
昔に戻った気がした。
だが。
虚無喰らいは待ってくれない。
『排除』
無数の瞳が開く。
ヴァルクの身体へさらに侵食が流れ込む。
『排除』
『排除』
『排除』
黒い肉が膨張する。
自我が消えかけている。
残された時間は少ない。
世界樹が告げる。
『契約者』
『彼の魂へ直接届いてください』
『侵食を断ち切るのです』
シモンは目を細める。
「簡単に言うな」
『簡単ではありません』
『百年間誰も成功しなかったことです』
リリアが震える声で聞いた。
「成功したら……?」
世界樹が答える。
『彼は戻ります』
ヴァルクの瞳が揺れる。
リリアの顔が明るくなる。
だが。
世界樹は続けた。
『ただし』
空気が重くなる。
『失敗すれば』
『魂ごと消滅します』
沈黙。
リリアの顔から笑顔が消える。
シモンは黙ったままヴァルクを見る。
百年前の仲間。
何度も背中を預けた男。
助けたい。
絶対に。
だが。
失敗すれば終わりだ。
ヴァルクが笑った。
『悩むな』
黒い血を流しながら。
それでも笑った。
『お前ならやれる』
その言葉は。
百年前。
数え切れないほど聞いた言葉だった。
レイド前。
無茶な攻略前。
絶望的なボス戦の前。
いつも。
ヴァルクは笑っていた。
そして言うのだ。
「どうせシモンが何とかする」
と。
シモンは大きく息を吐く。
そして。
蒼雷を肩へ担いだ。
「任せろ」
青い雷光が走る。
世界樹の光が共鳴する。
百年越しの救出レイド。
その第一歩が。
今。
始まろうとしていた。




