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第四十三話 百年前の亡霊

《ランク7 ヴァルク》

その名前を見た瞬間だった。

シモンの足が止まる。

胸の奥が強く締め付けられた。

忘れるはずがない。

百年前。

《エターナル・フロンティア》攻略組。

ランキング七位。

大剣使い。

そして。

攻略組きっての問題児。

「……ヴァルク」

黒騎士の身体が僅かに震えた。

ガチリ。

鎧が鳴る。

黒い肉が蠢く。

虚無喰らいの血管が脈打つ。

だが。

確かに反応した。

リリアが目を見開く。

「知り合いなんですか……?」

シモンは苦笑した。

「知り合いどころじゃない」

蒼雷を構えたまま言う。

「攻略組の馬鹿代表だ」

『ひでぇな……』

掠れた声が返ってくる。

その瞬間。

シモンの顔が強張った。

聞き間違いじゃない。

ヴァルクだ。

確かに。

百年前の仲間がそこにいた。

黒騎士の瞳が揺れる。

黒い闇の奥で。

ほんの僅かだけ。

人間の光が残っている。

シモンの脳裏に過去が蘇る。

攻略会議。

レイド前夜。

皆が真面目に説明を聞いている中。

ヴァルクだけ寝ていた。

レオンに頭を叩かれる。

起きる。

また寝る。

再び叩かれる。

その繰り返し。

作戦説明が終わった後。

「理解したか?」

レオンが聞く。

ヴァルクは胸を張って答えた。

「全然」

会議室が静まり返った。

そして全員で怒鳴った。

そんな男だった。

だが。

強かった。

圧倒的に。

誰よりも前へ出る。

誰よりも先に敵へ飛び込む。

誰よりも傷だらけになる。

だから。

誰よりも仲間から信頼されていた。

「覚えてるか」

シモンが言う。

ヴァルクの瞳が揺れる。

「第三魔王城」

黒騎士の動きが止まる。

「タンク全滅」

「ヒーラー壊滅」

「レイド崩壊寸前」

リリアは息を呑む。

ヴァルクの瞳がさらに揺れた。

「あの時」

シモンは笑った。

「お前、一人でボス止めたよな」

『あぁ……』

掠れた声。

遠い記憶を探るような声だった。

あの日。

巨大レイド。

攻略組最大規模の戦い。

全滅寸前だった。

誰もが負けを覚悟した。

そんな時。

一人の男が飛び出した。

ヴァルクだった。

『五分だ!!』

笑いながら叫んだ。

『五分持たせる!!』

無茶だった。

誰もがそう思った。

だが。

持たせた。

五分。

十分。

十五分。

二十分。

全身を切り裂かれながら。

骨を砕かれながら。

それでも立ち続けた。

そして。

その間に攻略組は立て直した。

レイドは勝利した。

あの日。

誰もが理解した。

ヴァルクは馬鹿だ。

本当に救いようのない馬鹿だ。

だが。

誰よりも仲間を信じる男だった。

黒騎士の瞳から。

一筋の涙が流れた。

『あったな……』

声が震えている。

『そんなことも……』

黒い肉が蠢く。

虚無喰らいの侵食が強まる。

『黙れ』

低い声が響いた。

ヴァルクの身体が痙攣する。

黒い触手が全身へ食い込む。

『貴様は我の兵だ』

『我の器だ』

『思い出すな』

ヴァルクが苦しそうに呻いた。

『ぐぁぁぁぁぁっ!!』

リリアが思わず前へ出る。

「やめて!」

虚無喰らいが笑った。

無数の口が歪む。

『小さき命』

『何が出来る』

リリアは震えていた。

怖い。

本当に怖い。

それでも。

目の前の光景を見ていられなかった。

「そんなの……」

唇を噛む。

「そんなの可哀想じゃないですか……」

百年だ。

百年。

想像も出来ない。

苦しみ続けるなんて。

そんなのあまりにも酷すぎる。

ヴァルクが僅かにリリアを見る。

黒い瞳が揺れる。

『嬢ちゃん……』

苦しそうに笑った。

『優しいな……』

その顔は。

一瞬だけ。

百年前のヴァルクだった。

だが次の瞬間。

侵食が全身を覆う。

黒い肉が膨れ上がる。

鎧が砕ける。

巨大な異形へ変貌し始める。

虚無喰らいが叫ぶ。

『殺せ』

『殺せ』

『殺せ』

ヴァルクの身体が強制的に動く。

だが。

剣が震えている。

必死に抗っている。

百年間。

消えなかったものがある。

仲間との記憶。

共に笑った日々。

攻略組として駆け抜けた時間。

それだけが。

虚無喰らいの支配を拒んでいた。

『シモン』

ヴァルクが呟く。

『頼む』

黒い涙が流れる。

『もう……疲れた』

その言葉は重かった。

終焉の王が百年間背負った苦しみとは違う。

こちらは百年間。

死ぬことすら許されなかった苦しみだった。

『終わらせてくれ』

沈黙。

リリアが俯く。

シモンは目を閉じた。

そして。

世界樹へ問いかける。

「助ける方法はあるか」

世界樹は沈黙した。

数秒。

いや。

もっと長く感じた。

やがて。

静かに答える。

『あります』

シモンの目が開く。

リリアも顔を上げる。

『ですが危険です』

『成功率は高くありません』

『失敗すれば魂ごと消滅します』

虚無喰らいが笑う。

『出来るはずがない』

『百年間』

『誰一人出来なかった』

『世界柱も』

『終焉も』

『守護者も』

『誰一人』

シモンは聞いていなかった。

「やり方を教えろ」

即答だった。

世界樹が微笑む。

どこか嬉しそうに。

『やはり』

『あなたは変わりませんね』

緑の光が溢れる。

ヴァルクの身体を包み込む。

黒い肉が悲鳴を上げる。

虚無喰らいが初めて焦りを見せた。

『やめろ』

『その力は――』

世界樹の声が静かに響く。

『契約者』

『百年前に終わらなかったレイドを始めましょう』

シモンは蒼雷を構える。

目の前には百年前の仲間。

攻略組の兄貴分。

何度も背中を預けた男。

そして。

その奥には虚無喰らいの核。

最後の攻略戦は。

仲間を救うための戦いへと変わろうとしていた。

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