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第三話 盗賊団の頭領

遺跡を出た頃には、空が赤く染まり始めていた。

夕暮れだった。

西の空へ沈みかけた太陽が森を朱色に染めている。

俺は足を止め、周囲を見渡した。

知らない景色だった。

見覚えのない山並み。

見覚えのない森。

どこまでも続く街道。

少なくとも俺の記憶には存在しない場所だった。

攻略組だった頃、主要なマップや街道の位置は頭に叩き込んでいた。

隠しダンジョンの入口すら覚えていたほどだ。

それなのに何も分からない。

遺跡の中で感じた違和感は外へ出ても消えなかった。

本当にここは《エターナル・フロンティア》なのか。

それとも俺の知らないどこかなのか。

答えはまだ出ない。

「町まではどれくらいだ?」

俺が尋ねると、肩を借りて歩いていたリリアが答えた。

「普通に歩けば半日くらいです」

「普通に?」

「私の足だともっとかかります……」

少し申し訳なさそうだった。

しばらく歩きながら空を見る。

太陽はすでに傾き始めていた。

リリアもそれに気付いたらしい。

ちらりと空を見上げる。

そして少しだけ困った顔になった。

「あの……」

「なんだ」

「もしかしてなんですけど」

「ん?」

「今日中に着かないかもしれません」

言いながら視線を逸らした。

「そうか」

「そうかじゃないです」

なぜか焦っている。

「野営になるかもしれないんですよ?」

「別に構わないだろ」

「私は構います!」

即答だった。

俺は首を傾げる。

何をそんなに慌てているのか分からない。

リリアは何か言いかけて。

やめた。

耳だけ少し赤い。

「……何でもないです」

意味が分からなかった。

俺は何も言わず歩き続ける。

森の中には鳥の鳴き声だけが響いていた。

しばらくして。

リリアがおずおずと口を開く。

「シモンさん」

「なんだ」

「本当に記憶喪失なんですか?」

「そう見えるか?」

「かなり」

即答だった。

「そこまでか」

「そこまでです」

リリアは真面目な顔で頷く。

そして少しだけ笑った。

「でも悪い人じゃなさそうです」

「根拠は?」

「助けてくれましたし」

それから少し考える。

「あと」

「あと?」

「困ってる顔が本物なので」

俺は思わず苦笑した。

「だろうな」

リリアもつられて笑った。

それは遺跡で見せた警戒した笑顔ではなかった。

年相応の自然な笑顔だった。

少しだけ信用してくれたらしい。

その時だった。

俺の足が止まる。

空気が変わった。

森の音が消える。

風の流れも違う。

「どうしました?」

「静かに」

俺が低く告げる。

リリアの表情が引き締まった。

人の気配。

一人や二人ではない。

十人以上。

しかも隠れている。

魔物ではない。

人間だ。

俺は周囲へ視線を巡らせた。

街道脇の茂み。

木の陰。

岩場の裏。

完全に囲まれている。

「囲まれてるな」

「え……?」

リリアの顔が青ざめる。

そして無意識に俺の服の裾を掴んだ。

すぐ気付いて慌てて離す。

「す、すみません!」

「別にいい」

「反射的に……」

情けなさそうだった。

だが少しだけ安心したようにも見えた。

次の瞬間だった。

ヒュッ。

風を切る音。

矢が一本、目の前の木へ突き刺さる。

続いて怒号が響いた。

「動くな!」

森の中から男たちが姿を現した。

剣。

斧。

弓。

粗末な装備。

荒れた顔。

典型的な盗賊だった。

「黒牙盗賊団……」

リリアが呟く。

その声には明確な恐怖が混じっていた。

どうやら有名な連中らしい。

先頭に立つ大男が下卑た笑みを浮かべる。

「女は売る」

「男は殺す」

「荷物は全部いただく」

実に分かりやすい。

俺はため息を吐いた。

「お前ら」

「あ?」

「いつもそんな感じなのか?」

男が眉をひそめる。

「何が言いてぇ」

俺は少し考えた。

そして正直な感想を口にする。

「三流の悪役みたいだな」

一瞬。

場が凍りついた。

盗賊たちの顔が引きつる。

リリアは頭を抱えた。

「煽らないでください!」

「事実だろ」

「事実でもです!」

頭領の額に青筋が浮かぶ。

「殺せ!」

怒声と共に盗賊たちが突撃した。

俺はリリアを後ろへ押す。

「下がってろ」

「でも!」

「大丈夫だ」

最初の男が剣を振るう。

遅い。

身体が勝手に動いた。

半歩ずれる。

剣が空を切る。

そのまま拳を叩き込む。

男が吹き飛んだ。

二人目。

蹴り。

三人目。

肘打ち。

四人目。

手刀。

五人目。

投げ飛ばす。

気付けば盗賊たちは次々に地面へ転がっていた。

誰一人として俺に触れることすらできない。

おかしい。

戦いながら俺はそう思った。

俺が強いのか。

それとも相手が弱いのか。

基準が分からない。

リリアの反応を見る限り、こいつらは決して弱い相手ではないらしい。

だが俺には脅威に見えなかった。

気付けば十人以上いた盗賊は全員倒れていた。

立っているのは頭領だけ。

大男の顔色が真っ青になる。

「ば、化け物……」

「失礼な」

俺は肩をすくめた。

「普通だろ」

「どこがだ!!」

盗賊とリリアの声が重なった。

その瞬間だけ妙な一体感が生まれる。

「なんでお前まで」

「だっておかしいです!」

リリアが本気で抗議する。

「シャドウリザードを一撃で倒して、盗賊団を一人で全滅させて!」

勢いよく言ったあと。

「……やっぱり化け物では?」

ぼそりと付け加えた。

「聞こえてるぞ」

「気のせいです」

思わず笑ってしまう。

その時だった。

俺の視線が止まる。

頭領の右手。

古びた銀色の指輪だった。

擦り傷だらけで輝きは失われている。

だが。

その形だけは見間違えるはずがなかった。

心臓が強く脈打つ。

忘れるはずがない。

何度も見た。

何度も隣で見てきた。

攻略組の上位プレイヤーだけが持つ特別な証。

俺はゆっくり歩み寄った。

「その指輪」

頭領の肩が跳ねる。

慌てて右手を背中へ隠した。

「な、なんだ!」

「どこで手に入れた?」

自分でも驚くほど声が冷たい。

頭領は完全に怯えていた。

「ひ、東の廃城だ!」

「廃城?」

「ああ!」

男は何度も頷く。

「拾っただけだ!」

「本当か?」

「ほ、本当だ!」

嘘をついているようには見えなかった。

俺は静かに手を差し出す。

頭領は震えながら指輪を外した。

受け取る。

重かった。

ただの金属のはずなのに。

妙に重く感じる。

俺はゆっくりと裏側を見る。

そこには小さな刻印があった。

《RANK 11》

息が止まった。

間違いない。

プレイヤーリング。

ランキング上位者だけに配られた特別装備。

そして。

この番号の持ち主を俺は知っている。

魔導騎士。

ランキング十一位。

レオン。

何度もレイドを共に攻略した仲間。

冷静で。

面倒見が良くて。

攻略組の誰よりも頼りになった男。

「……レオン」

思わず名前が漏れる。

リリアが不思議そうに首を傾げた。

「知り合いですか?」

俺は答えられなかった。

なぜレオンの指輪がこんな場所にある。

レオンはどうなった。

生きているのか。

それとも――。

分からない。

何も分からない。

だが一つだけ確かなことがある。

この指輪は本物だった。

俺はゆっくり東の空を見上げる。

森の向こう。

遥か遠く。

フェンの声が聞こえた方角。

そしてレオンの痕跡が見つかった場所。

偶然とは思えなかった。

まるで何かに導かれているようだった。

フェン。

レオン。

失ったはずの繋がり。

その全てが東へ続いている。

俺は指輪を強く握り締めた。

「行くか」

リリアが首を傾げる。

「どこへです?」

「まずは町だ」

情報が必要だった。

何が起きているのか。

ここがどこなのか。

そしてレオンに何があったのか。

知らなければならない。

だが、その先は決まっている。

東だ。

フェンがいる。

レオンに繋がる手掛かりがある。

そしてきっと――

この世界の謎も、そこにある。

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