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第三十八話 世界樹の記憶

緑の光が王座の間を包み込んだ。

優しい光だった。

暖かい。

懐かしい。

まるで母親の腕に抱かれているような安心感。

だが、その光の奥には計り知れない力が眠っていた。

ゴォォォォォォォ……

世界そのものが震える。

黒霧城の壁に絡み付いていた侵食が剥がれ落ちる。

床を覆っていた黒い霧が消えていく。

終焉の王ですら目を見開いた。

『これは……』

世界柱の黄金の瞳が大きく揺れる。

『まさか……』

誰も知らなかった。

世界樹が喋る姿など。

世界柱でさえ知らなかった。

シモンの胸の奥。

世界樹の種が眩く輝いていた。

『契約者』

再び声が響く。

今度は全員にも聞こえていた。

柔らかい女性の声。

だがノアとも違う。

もっと古い。

もっと根源的な声だった。

『思い出してください』

シモンの意識が揺れる。

次の瞬間。

視界が白く染まった。

________________________________________

気付けば。

知らない場所に立っていた。

空は青い。

どこまでも青い。

雲が流れている。

風が吹いている。

暖かい。

平和だった。

「ここは……」

周囲を見回す。

そこには巨大な樹があった。

あまりにも巨大だった。

世界柱より大きい。

山脈より大きい。

大陸そのものが一本の樹になったような姿。

黄金の葉。

銀色の幹。

無数の枝。

枝の先には星々のような光が灯っている。

『私です』

声が響く。

樹が喋っていた。

『世界樹』

シモンは言葉を失う。

神話。

伝説。

そんなものではない。

本当に存在していた。

しかも。

想像を遥かに超える存在として。

『ここは記憶の中』

『百年前よりさらに昔』

風が吹く。

葉が揺れる。

その音はまるで歌のようだった。

『この世界が生まれた頃』

シモンの目が見開く。

世界が生まれた頃。

そんな時代があったのか。

『ありました』

世界樹が微笑むように枝を揺らした。

『世界柱が生まれ』

『私が芽吹き』

『守護者たちが誕生した』

景色が変わる。

巨大な黄金の巨人。

若き世界柱。

まだ侵食されていない。

傷一つない姿。

その足元で小さな芽が揺れている。

世界樹だ。

さらに。

銀色の子狼。

小さなフェン。

蒼い髪の少女。

幼いノア。

炎の塊みたいな子供。

イグニス。

リリアが見たら確実に悶絶しそうな姿だった。

『かわいい……』

思わず呟く。

フェンが聞いたら怒るだろう。

だが本当に可愛かった。

『みんな幼かったのですね』

世界樹が楽しそうに言う。

そして。

その声が少しだけ沈んだ。

『ですが』

景色が変わる。

空が黒く染まる。

光が消える。

星が落ちる。

世界の端が崩れていく。

シモンの顔から笑みが消えた。

『あの日』

『外なる世界が私達を見つけた』

空が裂ける。

巨大な瞳。

無数の腕。

虚無喰らい。

今と同じだった。

いや。

もっと巨大だ。

もっと恐ろしい。

『奴は世界を食料としている』

『世界が育てば食べる』

『世界が実れば食べる』

『ただそれだけ』

シモンは拳を握る。

まるで害虫だ。

いや。

災害そのものだ。

善悪ではない。

そこにあるだけで世界が滅ぶ。

『だから』

『終焉が生まれた』

景色が変わる。

黒い影。

王冠を被った存在。

終焉の王。

だが今よりずっと穏やかな姿だった。

『終焉は敵ではありません』

世界樹が言う。

『世界を閉じる者です』

『実りを守るため』

『虚無喰らいに見つかる前に』

『寿命を迎えた世界を眠らせる』

シモンは息を呑む。

全てが繋がる。

終焉の王。

世界柱。

守護者。

世界樹。

全ては世界を守るために存在していた。

だが。

百年前。

何かが狂った。

『そして』

世界樹の声が悲しそうに揺れた。

『あなた達が来ました』

今度は。

百年前の景色。

ログイン画面。

プレイヤー達。

無数の冒険者。

レイド。

ギルド。

戦い。

笑い声。

仲間達。

シモンの知る世界。

『あなた達は異物でした』

『けれど』

『希望でもありました』

景色の中に若いシモンがいた。

初心者エリア。

枯れかけた小さな苗木。

誰も見向きもしない場所。

シモンだけが立ち止まる。

「懐かしいな……」

忘れていた。

本当に忘れていた。

何気ない一日。

最後のレイド前日。

暇潰しだった。

本当にそれだけだった。

若いシモンが水をやる。

世界樹の苗が揺れる。

小さく。

本当に小さく。

『ありがとう』

シモンの目が見開いた。

世界樹が笑った。

『あの時』

『初めて希望を見ました』

王座の間へ意識が戻る。

世界樹の光がさらに強くなる。

虚無喰らいが初めて後退した。

無数の瞳が揺れる。

『何故だ』

世界樹が答える。

優しく。

穏やかに。

だが確固たる意思を持って。

『希望は』

『消えないからです』

次の瞬間。

世界樹の種が完全に開花した。

緑の光柱が天を貫く。

終末の門を突き抜ける。

世界そのものを照らすほどの光。

そして。

フェン。

ノア。

イグニス。

三柱の守護者の身体が眩く輝き始めた。

百年前を超える力が。

ついに目覚めようとしていた。

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